荒い息を整えながら楼閣の頂上の露台に座り込む。既に真上に来ている月は真ん丸で、橙を帯びていて。

「ばーか」

稚拙な言葉を吐き出す。二人仲良く並んで歩いていたのは数分前。些細なことだった。今考えても怒るような台詞じゃなかった。
目を丸くした燕青の顔が浮かぶ。

(馬鹿はあたしか‥‥‥)

壁に寄り掛かる。左手を目の上に置き、柔らかで強烈な月光を遮断した。ついでに目尻に溜まった水滴も拭く。

そよそよと髪を揺らす風が心地良い。大きく息を吸ってから目を開ける。

「‥‥‥」

「‥‥‥よっ」

「‥‥‥」

燕青が目の前にいた。ちょっと困ったように笑うと、それが当たり前のように隣に座ってくる。止めていた息を吐いてから、寄り掛かっていた体を起こした。

「あの‥‥‥燕青」

「はいはい」

ぼんやりと月を眺めている燕青をちらりと見る。

「ごめんなさい。その、急に怒って」

「いいよ。気にしてないし」

こっちを見てニカッ、と笑った燕青にもう一度ごめんと謝る。

「よく言えました」

ぽんぽん、と頭を叩かれる。
煌々とした月が燕青を照らして、とても優しい笑顔がはっきり見えた。

「‥‥‥‥」

「どした?ってうわっ」

ざわりと胸が騒いで、燕青を押し倒す。ざわざわしているのに、不快ではない。

「燕青、好きよ」

「!」

そっと、口唇を押し付ける。
柔らかい、滑やかなものどうしが触れ合う初めての時間は、3秒も無かったと思う。

燕青から離れると顔を真っ赤にしていた。

「おまっ‥‥‥そんな、」

体を起こされる。燕青は顔を手で覆って、一度くしゃりと髪を掻き交ぜた。

「ごめん‥‥‥イヤだった?」

「フツー男が押し倒すだろ‥‥‥イヤじゃないけど」

「そう?」

「いや、女の子からって‥‥‥俺、初めてだったのに。奪われた!」

拗ねたのか膝まで抱え始めた燕青をつつく。何乙女ぶってんだ。

「なによ、あたしだって初めてよ」

「‥‥‥」

「どうし、」

黙りこんだ燕青を覗き込むと、悪戯が成功した子供のような目とかち合った。次いで、顔が近づく。

きゅっ、と手を握り合う。

どうして、ただ口唇と口唇が触れ合うだけなのに、こんなに幸せなんだろう。

どうして、ただ優しいだけの感触なのに、こんなにもドキドキするんだろう。

「へへ、これでおあいこだな」

「‥‥‥ばか」

多分、真っ赤になっているだろう。頬に触れる、少しだけ冷えた燕青の指が心地良かったから。

「月が、綺麗ね」

「‥‥‥ああ」

握り合っている手に、お互い少しだけ力を込めた。




月下で、優しい温もりを感じて



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