誰かの叫び声を聞いた気がして、清雅は筆を止めた。

「‥‥‥気のせいか」

そう呟いて、再び筆を滑らせる。公休日とはいえ、やることは山ほどある。

「‥い‥せーん」

「‥‥‥」

「すいませーん、清雅くんいますかー?」

このまま騒がせ続けたら近所から苦情が来るだろうか。いや、それ以前に変人と付き合いがあると思われるかもしれない。それはそれで面倒だ。しかし奴と会えばそれはそれで

「ちょっと清雅!いるんなら返事してよ!」

面倒くさい。ものすごく面倒くさい。がーがーと喚くガチョウが近寄る前に書類を引き出しにしまう。

「家宅侵入罪でしょっぴくぞ」

ため息混じりに睨まれても、月華は気にした様子もない。慣れとは恐ろしいものである。

「ほら、今日はお土産持ってきたから」

前回来たときに言われた嫌みはしっかり覚えている。

「へえ‥‥‥明日は雪か」

「失礼な」

包みを押し付けてから手近な椅子に腰を下ろす。ぐるりと部屋の中に視線を巡らせてみて、相変わらずの小綺麗さに感心した。

「もう一つの包みはなんだ」

「やだー、清雅ったら二つも欲しいの?欲張りだなあ」

「べつに否定はしないが‥‥‥?」

清雅は月華にばれないように目をしばたいた。気のせいだろうか、一瞬包みが動いたように見えた。

「‥‥‥中身はなんだ」

じっと月華の目を見ると、へらへら笑っていたのがだんだんと引き攣って、最終的に叱られる直前の子供のような顔になった。分かりやすすぎだろ。

「ね、」

「ね?」

「猫デス‥‥‥」

月華の言葉を合図にしたように猫が包みから顔を出して、にゃあ、と鳴いた。

「‥‥‥」

「‥‥‥」

やばい、叱られる。月華はそれを一瞬で感じとって、少しだけ後ずさった。清雅は猫を見つめたまま固まっている。

「‥‥‥猫?」

「こ、子猫‥‥‥」

「おまえ、」

来る、来るぞ来るぞ!

「この運び方は無しだろ!」

「‥‥‥そっち?」

「なんで俺の邸に持ってきた」

「清雅なら、飼い方分かるだろうと思って」

包みを床に落として猫だけを清雅に押し付ける。まだ小さいので、ツメがカリカリと引っ掛かって痛い。ふと袖を見ると、ほつれていた。家に帰ったら繕おう。

「エサはやったのか?」

「いちおうお粥と、鰹節を」

「そうか」

清雅が喉をかいてやると、気持ちが良いのか子猫が目を閉じた。ごろごろと喉を鳴らしていそうだ。
その手つきが妙に慣れているというか、優しい感じがしたので猫を見ているふりをして清雅を盗み見る。

「‥‥‥」

少し長めの睫毛がきりりとした冷たい目元を縁取っていて、憂いをおびていた。口元は少しだけ緩んでいて、なんというか、穏やかな表情に見えなくもない。

にゃあ、と子猫が鳴いた。

清雅がふと顔を上げて、そのまま私を見た。無言のまま、私に近づいてくる。そのまま長い指が伸びてきて、親指以外で顎の下を撫でられた。

「ちょっと、何してんですか」

「羨ましげに眺めてただろう」

「そんなことない」

ふわふわと動く指が、非常にくすぐったい。ぴくりと肩を震わせると、清雅の口角が釣り上がった。

「おまえは鳴かないのか?」

「ねっ、猫じゃあるまいし」

「へえ」

突然指が首筋に伸びた。驚いて体を震わせた瞬間、ぐー、と鳴いた。

「お腹の虫は、気持ち良かったみたい」

冗談半分で言った月華に、清雅は盛大にため息をついた。この女、ホントに色気もへったくれもないな。

「茶菓子が食いたいなら十数えるうちに茶をいれてこい」

「げっ、また無茶を、」

「十、九、八、」

「わあああ」

慌てて室を走り出ていった月華を見て、もう一度ため息をつく。

動物は飼い主に似るというから、あいつに飼わせるのは不安だな。

「おまえ、皇毅様のとこに行くか」

顔の高さまで猫を持ち上げると、にゃん、と一鳴きして清雅の手の間から抜け出した。

「おいこら、」

そのまま猫はあっという間に室を出ていって、直後に厨のほうから盛大に物が落ちる音と、月華の悲鳴が聞こえた。

本当に、面倒くさい。




休めない公休日



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