「しょーりーん!」

「月華ー!」

山道から駆け降りてくる翔琳に、月華は大きく手を振った。それに応えて翔琳もすらりと伸びた腕を、大きく動かす。

「久しぶり!」

月華が地面を蹴って翔琳の胸に飛び込んだ。かなりの勢いだったけれど、翔琳にとっては川を昇ってくる魚を取るようなものだった。ニカリと白い歯を見せた翔琳につられて月華も表情を緩める。

「元気そうでなによりだ」

「翔琳はまた背が伸びたね」

「うむ。着物の裾を直すのが大変だ」

「え?自分で直せるの?」

月華は目を丸くした。まさか野生児の異名を持つ翔琳に裁縫ができるとは思わなかったのだ。

「直せるぞ!親父殿もよく夜中にちくちくやっていたしな」

ちなみに曜春のほうが上手なことは月華には内緒だ。

「そうなんだ‥‥‥」

雨雲がないかを確認していた翔琳は、このとき、月華が少しだけ俯いて唇を噛んだことに気がつかなかった。

「そうだ、お弁当持ってきたの。食べる?」

「おお!食べるぞ!」

照り付ける太陽をちらりと見上げてから、月華の手を引いて歩きだす。

「近くに綺麗な川があるんだ」

そこならちょうど涼しくていいだろう。こんな暑い中にいては、いつぞやの曜春みたいに熱中症になってしまうかもしれない。
握りしめた月華の手は、ぽかぽかと温かくて、柔らかかった。

歩きながら、二人で会えなかった間のことを話す。翔琳は熊に追い掛けられたことや、植えた芋がたくさん収穫できたこと。月華は町であったおかしな出来事や、最近流行っている芝居のことを話した。

「そうか、町にはいろいろなものがあるのだな」

関心したように翔琳が頷いた頃、風が二人の髪を揺らした。汗が冷えて心地良い。


「わ、綺麗‥‥‥」

思わず呟いた月華の目の前には、ごつごつとした岩に縁取られた、青緑の水流があった。深さは多分、ふくらはぎくらい。底が透けて見えて、ハヤやカジカがぴゅんぴゅんと泳いでいる。辺りは木が覆いかぶさるように生えていて、夏の強い日差しを柔らかな木漏れ日に変えていた。

「気にいってもらえたようで良かった」

ほうけている月華を見て、翔琳が満足げに息を吐いた。
すぐ近くの平らな岩に腰掛けて笑う。

「この上で食べよう」

黙ったまま、こくりと月華が頷いて石の上に座った。風呂敷を広げて、中からお弁当と焼き菓子を取り出した。菓子は、皿状のパリパリとした軽い皮の中に数種類の木の実が入っていて、焼く前に乗せられたであろう蜜が、きらきらと光っていた。とても美味しそうだ。

「うまそうだな。食べていいか?」

「もちろん!あのね‥‥‥私も、」

「うん?」

やっぱり美味しい。翔琳は口をもごもごさせながら、月華を見た。

「私も翔琳達と一緒に住みたい」

小さな声で、月華が言った。翔琳は菓子をごくんと飲み込む。川のせせらぎの中で、魚がぽちゃんと跳ねた。

「私、山のこと全然知らない。世間知らずで、翔琳に比べたらすっごく子供で、だから‥‥‥」

実は月華は裁縫が苦手だ。だからと言って料理が得意なわけではない。翔琳みたいに山で一人で生きていく力もない。だから、すごく自分がちっぽけな人間に思えてしまった。

「月華のことはいつでも歓迎するが‥‥‥それは今すぐでなければダメか?」

月華は俯いていた顔を上げた。やっぱり、こんな私が一緒に暮らしたら足手まといだろうか。

「俺は、俺達がもう少し大きくなるまではこのままでいいと思っている」

翔琳がお握りを二つ掴んで、一つ月華に差し出した。受け取った月華は、翔琳につられるように、自分もお握りを一口かじる。

「月華はさっき世間知らずだと言っていたが、俺だってそうだ。町のことは全く分からん。だけど、月華がさっきみたいに話してくれたことは知っている」

「私も、翔琳が教えてくれたことしか知らないよ」

それだ、と翔琳が大きく頷いた。

「お互い違う場所で暮らせば、その分だけ世界が広くなると思わないか?」

きっと自分は、月華のように町で器用に働くなんてことはできないだろうと、翔琳は思った。

「世界が、広く‥‥‥」

「それに月華は俺の中で、すっごく大きな存在だぞ」

ぐっ、と突き立てた親指とキラリと光る白い歯が眩し過ぎて、月華は吹き出してしまった。
なんだかくよくよ悩んでいたのが馬鹿みたいだ。

「ありがと。元気出た」

私が山のことを知らない分、翔琳も町のことを知らないんだ。お互いがお互いの足りないところを埋めていけば、凸凹もおっきな世界になる‥‥‥それはなんだか、すごく素敵な話のように月華は感じた。

「ま、まあ、でも、月華がすぐに我が家に来てくれても俺は構わないぞ!」

「それはもうちょっとお裁縫が上達してからにするね」




不揃いだから、
美しい世界




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