「燕青!」
「うわっ、やべ」
燕青はびくりと肩を震わせてから振り返った。ズカズカと大股で見知った顔が近づいてくる。
それを見た燕青は足を速めた。が、すぐにマフラーを引っ張られて止まる。
「ぐえっ」
「ちょっと!」
「なんだよ」
しかめっつらをした月華と目を合わせないようにしながら足を動かす。
とりあえず学校から離れよう。
「なんだよ、じゃなくて。補習またサボったでしょ」
「あー、うん、サボったような気もするしそうじゃない気もするし」
燕青がごまかすように頭をかくと、月華は「なにそれ」とため息をついた。
「あんたいい加減にしないと留年するわよ?」
「まだ大丈夫だろ」
「そんなの分かるの?」
「分かるさ。長年単位ギリギリ進級だしな」
「‥‥‥そんな胸張って言うことじゃないんだけど」
変な計算ばかり上達する幼なじみになんと言ったらいいのやら。
「あ、どこ行くの?」
家に帰るならまっすぐのはずなのに、燕青はふらりと角を曲がった。
「この先に美味い鯛焼き屋があるんだと」
静蘭が言ってたから間違いないと思う。
月華も鯛焼きが好きだし(というかなんでも食べる)当然来るだろうと思って何となく横を見たら、誰もいなかった。
(あれ!?)
慌てて振り返ると、少し後ろでなんとも微妙な顔をした月華がカバンの紐を握りしめていた。
「どうした?」
早足で近付く。
「え、と‥‥‥あたし今日はパス!」
「え?おまえ鯛焼き好きだろ?」
「そりゃ好きだけど、」
「金忘れてんなら貸すぜ?」
「いやいや忘れてないけどね、食欲が」
無い、と言おうとしたところで月華のお腹がきゅうっと鳴った。
別にお互いお腹の音ごときで恥ずかしがるような仲ではないので、変な沈黙だけが残った。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「最近、その、ちょっと‥‥‥」
「ちょっと?」
「ふ、太ったっぽいから‥‥‥ダイエット、みたいな?」
「‥‥‥はあ?」
燕青は遠慮なく上から下まで月華を眺めてから、呆れたように言った。
「どこが?」
「どこがって、どこもよ!って、ちょ!」
突然燕青の腕が伸びてきて、月華を掴んだ。そしてそのまま持ち上げられる。
「あーだいじょぶだいじょぶ。全然変わってないから」
月華が暴れ出さないうちに地面に戻すと、なぜか叩かれた。
「いきなり何すんの!」
「悪い悪い。まあとにかく変わってないから安心しろって」
絶対「悪い」とか思ってないでしょ!
そう文句を言おうとしたけれど、相変わらずの明るい笑顔にやられて、結局月華は黙って歩き始めた。
へらりと笑った燕青がすぐに追い付く。
「静蘭が白いのがオススメって言ってた」
「じゃあそれ買う」
「それで本題なんだけどさ、」
「うん?」
「手、繋がない?」
驚いて月華が勢いよく燕青を見ると、少し顔を赤くして目をぱちくりさせた。
この男、抱っこは平気でするくせに手はいちいち許可を取るのか‥‥‥まあ燕青らしいと言えば燕青らしいけど。
「‥‥‥駄目?」
「‥‥‥お好きにどうぞ」
差し出した手の平をぎゅっと握った燕青の手は、乾いていたけど温かかった。
お互いのほっぺが赤いのは、寒さのせいにしておこうと思う。
照れ隠し