「今夜は満月ね」

「ああ」

うっすらと雲の隙間から月明かりが漏れている。けれど、丸い月は、姿を見せない。

「去年は二人でちびちびお酒を飲んだわね。覚えてる?」

「ああ。確か明け方だったな」

そう言って絳攸は杯に口付けた。甘めの酒がけだるげな気分にさせる。

寝台の上で膝を抱え込んだ彼女は、見えない何かを見るように目をこらして宙を見つめていた。
杯は、とっくに空だ。

「月、見えないかな‥‥‥」

そう言って、満月にかかった雲を吹き飛ばすように、そっと空に向かって息を吹いた。

「何してる」

「こうやって吹いたら雲が散らないかなあと思って」

「‥‥‥」

なんて言葉を返したらいいんだろうか。芸術家肌というのかなんなのか。黙っていたら、こてん、と温かい重みがかかった。

「ねえ、絳攸」

ひんやりとした風が、互いの髪を揺らした。くしゃりと、下ろした髪に手を入れられる。

「月みたいね」

「‥‥‥俺がか?」

「うん」

湿った髪をそっと漉く手が、心地良い。

「いつも静かに、でもはっきり光ってるの」

その手をそっと掴む。思っていたより細い手首に、眉をしかめる。

「ちゃんと食べてるのか?」

「食べてるよ。食べてるけど消費に供給が追い付かないの」

淡く笑った彼女の輪郭が月下で霞んでしまいそうで、そっと撫でる。

「無理するなよ」

「お互い様よ」

二人共、酒のせいか半分まどろみの中にいるようだった。やんわりと彼女の肩を抱き寄せる。

「絳攸‥‥‥」

呟いた彼女の口唇を塞ぐ。ほんの一瞬離れて、すぐに近付く。

温もりを預けて、受け取って。
寝台に、ぱらりと湿り気を帯びた髪が広がった。

覆いかぶさるように、絡めた指を寝台に縫い付けて、壊れ物を扱うように、そっと、繰り返す。

「俺は、おまえを」

「‥‥‥絳攸」

柔らかい口唇をそっと指で、なぞる。

ゆっくりと姿を現した満月が、優しい微笑を照らして、胸がトクンと音を立てた。

「――愛してるから」

だから、何度も繰り返す。
君に、優しく触れたいから。




温かい口付け
触れるだけでいいから



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