薄汚れた襖を横に滑らせると、彼はそこにいた。開いている窓の桟に肘を置いて、まだ少し肌寒い風を浴びていた。
色素のないくせっ毛が、銀色の月光を浴びてきらきらと光っている。その目は相変わらず淀んでいて、なんともつまらなそうな顔をしていた。
「なあ」
いつもの着流しで、いつものようにほお杖をついているのに、なぜか今ばかりはとても絵になった。
満月のせいかもしれない。
「立ってないで座れば?」
こちらを見もしないで言うものだから一瞬独り言かと考えて戸惑う。襖を閉めてから、月光の当たらないそこに座り混む。爪先よりももう少し先は、明るくなった畳の縁がはっきり見えた。
「銀さんちょっと拗ねてんだけど」
着物から白い包帯に巻かれた胸が覗く。その胸が、彼の呼吸に合わせて上下している。
「おまえ全然見舞いにこねーしよォ」
新八んち知らないわけじゃあるめーし、あー銀さん寂しーなーとうそぶく姿はいつも通りだけど、いつも通りではない。
「なあ、」
「銀時」
ぴくりと、彼の肩が跳ねる。
「終わりにしよう」
きらきらと月光を反射させてゆっくりとこちらを見る。逆光と暗闇のせいで、その目は黒くくすんで見えた。
「終わりって、何をだよ」
「恋愛関係を」
「‥‥‥なんで」
ふらりと立ち上がって、裸足の足が近づいてくる。光が遮られて見下ろされているのが分かる。顔は上げることができなくて、私は爪先を見つめていた。
「なんでだよ」
「‥‥‥嫌いになったの」
「そのセリフ、」
銀時がしゃがみこんで、手を伸ばした。右手で顎を掴まれて、無理矢理顔を上げさせられる。肩を左手で押さえられて動けない。
「俺の顔見てもういっぺん言ってみ」
「嫌い、に‥‥‥なった」
「‥‥‥」
はあ、と彼が顔を反らしてため息をついた。
「そんな震えた声と涙目で言われても説得力ないんですけどー」
腕を引っ張られて、二人で立ち上がる。そのまま窓に近づいて、光の下に連れていかれた。
もう誤魔化せない。
「銀さんそこまでバカじゃないからね」
溜めていた涙が零れた。
「ほら、話してみなさい」
でも、だめだ。ここで喋ったら私が楽になるだけで、なんの解決にもならない。銀時は、重たいまま。
「違う‥‥‥ほんとに、ほんとに嫌いになったの!」
「それ本気で言ってんの?」
「ほん、」
叫んだ勢いで顔を上げると、あからさまに傷ついた表情とぶつかってたじろぐ。
「‥‥‥銀ちゃん、いっぱい荷物しょってるから、減らさなきゃと思って、」
それを見て、つい言葉が漏れた。
「私、絶対、重いから、それで、その」
「ハァ‥‥‥」
ばりばりと銀時が自分の髪を掻き混ぜた。その手にも、白い包帯。
「春みたいに重てェもんがないとさァ、銀さんふよふよ浮いちゃって困っちゃうんだよねェ」
ぐっ、と抱き寄せられる。包帯だらけの体は少し薬の匂いがした。とくとくと、心臓の音が振動として伝わってくる。
「っていうかいまさら別れたくらいで軽くなると思ってんの?」
「‥‥‥だって」
「それとも俺がそんな簡単に潰れる男だとか考えてる?」
喉が詰まったので、否定の意味で首を振る。
「ならもうちっと信用しろ」
こくりと頷くと、肩に回った両腕に力が入った。鎖骨あたりに顔を埋める。この腕の重みに、安心する。
「ま、物理的には重いけどな」
「‥‥‥ばか」
顔は見えないけれど、きっと今、ニタァ、とだらしなく笑っているに違いない。
月明かりが、静かに降り注いでいた。
ずるい私を、