明け方に目を覚ますと、たまに泣いているように見える時がある。
カーテンの隙間から漏れる薄明かりの中で、苦しそうに眉をひそめている。目尻に溜まった水滴は、生理的なものなのかもしれない。けれど、それだけではないような気がして、また静かに目を閉じる。
次に目覚めた時は、隣にあったはずの温もりはすっかり冷めていて、机の上にはトーストが並べてあったりする。

「おはよう」

「おはよーさん」

気がついて欲しくないだろうから、気がついていないふりをする。そういう朝は、少しだけ距離を感じる。

「仕事行くけど、鍵、どうする?」

「俺も一緒に出るわ」

「わかった」

並んで歩くのは、バス停まで。私はバスに乗って、銀時はふらりとどこかに歩いていく。まだパチンコ屋は開いていないから、万事屋に帰るかそのへんの公園で時間を潰すのだろう。自営業というより自由業、社長というよりプー太郎。私がバスに乗り込むよりも先に路地裏に消える。
バスに揺られて、涙の意味を考える。
すごくつまらない理由だったらいいな、と思う。でもそうじゃないのは知っている。しばらく家に寄りつかなくなるからだ。今回はどのくらいだろうか。会いたければ私が万事屋に行けばいいのだけど、まだ少し、眩しい。

案の定、一週間ほど銀時は顔を出さなかった。単純に仕事が忙しかったのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
一人で晩御飯を食べながら、明日は万事屋に行ってみようかと考える。
銀時は、どうして泣いているんだろう。攘夷戦争を思い出しているのだろうか。それともその前か、その後か。銀時の過去は柔らかいところが多すぎて、簡単には触れられない。なにかのきっかけで微妙なバランスが崩れてしまいそうで、怖い。

翌日、スーパーでおやつやら食材やらを袋一杯に買って万事屋を訪ねると、玄関の扉には鍵がかかっていた。もう真っ暗だというのに明かりもついていない。

「誰もいないのか……」

最近はずいぶん暇そうにしていたから油断していた。まさか仕事でいないとは。おやつはまた今度持ってくればいいとして、野菜は一人で食べるには買い過ぎてしまった。

「よお、来てたのか」

「あ、おかえり」

コンコンとブーツの音を響かせて、相変わらずやる気の無さそうな顔をのぞかせる。いつもの着流しではなく、何かの作業着のようだ。

「二人は?」

「新八んちでナウシカ見てくるとよ」

「まだ一時間もあるのに」

「風呂が間に合わないんだと」

ポケットから鍵を取り出して、扉を開ける。そのまま先に入った銀時が、電気のスイッチを入れた。やっと家の中が明るくなって、なんだかホッとする。

「シャワー浴びてくるわ、適当にやってて」

「ご飯いまから?」

「ぺこぺこだよこんちくしょー」

「はいはい」

その晩は結局ナウシカを見ながら二人で鍋をつついた。締めはうどんかご飯かで揉めかけて、どちらもないことに気がつく。

「おまえうどん買ってこなかったの?」

「そっちこそ朝ごはんの残りのご飯とかないの?」

「そんなもんが残るくらいなら家賃滞納しねェよ」

「それは早急に改めて」

「っていうかシメ入る?」

「正直なくてもいい」

「だな」

この歳になるとすぐにお腹がいっぱいになる。銀時にお皿を運ばせて、自分が洗う。洗ったそばから銀時が拭いていった。大きな欠伸をひとつこぼす。

「疲れてるみたいだね」

「今日は肉体労働だったからなあ」

「じゃあ寝ちゃいなよ」

「おまえは?」

「帰るよ」

エプロンを外して、テーブルの上に畳んでおく。

「んじゃ、送ってくわ」

「パジャマ着てるしいいよ」

玄関まで歩いていこうとすると、服を引っ張られる。少し冷えた廊下は、パジャマ姿では少し寒いだろう。

「おいおい、こんな時間に一人でうろつくんじゃねェよ」

「大丈夫だって、今までだって一人だったし」

言ってから、しまったと思った。ほんの一瞬固まったかと思ったら、不機嫌そうに顔を歪めた。珍しく眉間に皺が寄っている。

「よーし、選べ。泊まるか、送られるか」

「疲れてるんでしょ?早く寝なって」

「あのなあ!」

服を掴まれたまま玄関まで歩こうとすると、イライラしたように叫ぶ。こういう時に大声を出すタイプではないから少し驚いた。

「危ねえって言ってんの!」

そのまま返事も聞かずに和室に飛び込んで、かと思えば簡単な着流し姿ですぐに出てくる。むすっとした顔のまま、私を追い越して玄関の扉を開いた。
お互いに黙ったままで歩く。銀時は口数が多い時と少ない時が極端だから、今日みたいに喋らなくても苦痛ではないけれど、何か傷ついたのなら教えて欲しいと思う。

「送ってくれてありがと。帰る?寝てく?」

「……帰る」

「そっか」

そのまま見送ろうとして、ふとあの涙を思い出す。

「ねえ、一人で大丈夫?」

「は?なにが?」

ぶっきらぼうな声音は、本当になんのことだか分かっていないようだ。

「……やっぱり寂しいから泊まっていって欲しいなあ、なんて」

我ながら白々しい。言われた銀時もむすっとしたまま、嬉しくもなんでもなさそうだ。

「下手くそ」

嘘だと分かっていても、帰らないでいてくれるらしい。ドアを開ければ家主の私よりも先に靴を脱ぐ。水道で手洗いだけしたかと思うと、さっさと布団に横たわった。
私がお風呂を終えて髪を乾かし終えるころにはすっかりと眠っていたようで、隣に潜り込んでもなんのリアクションもない。狭い布団の上で、触れそうで触れない背中合わせ。窓の隙間から漏れるのは、街灯の光だ。

走っているのは私だった。靴は泥だらけ、体は傷だらけ、掻き分ける暇もなく林を突っ切る。どこをどう走ったかも分からなくなったころ、ようやく膝をついた。
銀時が死んだ。
そんな話を耳にしたのは、ついこの間だ。得体の知れない天人達に仲間が追いかけられ始めたのは、それと同時期だった。明らかにそれまでとは空気が変わって、私達は負けたのだと悟った。走りながら、休みながら、何度も何度も考える。
どうして私を置いていったの。どこまでだって一緒にいきたかったのに。
そんな体力も気力もないはずなのに、気がつけば涙が出て、そうして彼の名前を呼び続けた。
銀時、置いていかないで。連れていって。置いていかないで。私を、

「置いていかないで!」

叫んで、目が覚めた。ハッとして横で眠る銀時を見る。相変わらず背を向けていて、反応はない。よほど疲れているのか、熟睡しているようだ。聞かれなくてよかった。こんな大きな声で寝言を言ってしまうとは、自分でも驚きだ。窓の隙間から漏れているのは街灯の光で、まだまだ夜は長そうだ。横になって、目を瞑る。少し早くなった鼓動を落ち着かせるために、深く息を吸って、吐く。

「なあ」

ドキリと心臓が跳ねた。起きていたのならそう言って欲しい。余計に早くなった鼓動が少しうるさい。

「ヤな夢でも見た?」

「……うん」

「どんな?」

体をぐるりと回転させる。銀時は相変わらず背中を向けたままで、どんな顔をしているかは分からない。柔らかい声だけど、たぶん笑ってはいないだろう。

「泣いてた頃の夢だよ」

「ふーん?」

その背中にそっとしがみつく。おでこを寄せれば、甘ったるい匂いがした。

「銀時もそういう夢、見る?」

「……さあな」

もしかしたら、そのことを話してくれる日は来ないのかもしれない。
自分の傷を隠したがるのは、昔も今も変わらなくて、触れられたくないだろうから、触れない。もし、いつか誰かがそこに触れるとしたら、きっとそれは私以外の誰かだろう。

「銀時、好き」

寂しい気持ちがないわけじゃない。けれど、上手く言葉にできないけれど、私達はそれでいいのだと思う。互いに触れられない傷。同じような傷だけど、微妙に違うそれは、傷があるもの同士で触るにはあまりにも柔らかい。

「好き、好き。……好き」

だからこそ、余計にそばにいたい気持ちが強くなるのだろう。

「銀時、」

「ったく、わかったよ」

もぞもぞと動いたと思ったら、顔を見る暇もなく頭を抱え込まれた。胸に押し付けられて、布団をかけ直される。

「俺のことだーいすきなのは伝わったから、もう寝なさい」

布団の上からポンポンと体を叩かれる。まるで小さい子供みたいだ。

「どうせ見るなら楽しい夢がいいよなァ」

「うん、そうだね」

「それかえっちな夢な」

「ばーか」

夜が明けるまで、何度でも何度でも、私達は夢を見るのだろう。





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