じりじりと焼けつくような太陽は西の空に沈んだものの、高い気温は鬱陶しい湿気とともに居座っている。開け放った窓からはぬるい風が愛想程度に入ってきていた。
少しずつ暗くなっていく空を床に横たわりながら眺めていると、瞼がだんだんと重くなってくる。薄目を開けたり閉じたりを繰り返していると、玄関の鍵がガチャリと音を立てた。
「オーイ、寝てんのォ?」
自分では返事をしたつもりだったけれど、声にはならなかったらしい。珍しく静かな足取りで部屋に入ってきた銀時は、途中で冷蔵庫を開けてなにやらがさごそさせてから近くに座りこんだようだった。
「ったく、無用心だな」
小さな呟きに心の中だけで抗議する。
せっかく銀時が来たんだからと思ったものの、意識は遠くなる一方だ。
暑さで目を覚ますと、夕暮れが見えていた窓をカーテンが覆っていた。おまけに体にはタオルケットが掛けてある。どおりで暑いわけだ。寝返りを打つと、机の反対側で寝そべっていた銀時と目が合った。目が合ったというよりは、ずっと見られていたらしい。
「……おはよう」
「オハヨー」
「これ、銀時が?」
タオルケットをつまんで見せる。
「だって目の毒っていうか、息子が気の毒っていうか」
言われて自分で覗きこむと、なかなかあられもない格好になっていた。平静を装って裾を整えてから起き上がる。
「今日はどうしたの?」
「桃もらったからお裾分け」
「お客さんに?」
「おう」
立ち上がって冷蔵庫を開けると、ビニール袋越しにいくつか桃が見えた。袋ごと取り出すと、ほのかに柔らかい香りが広がった。
「わざわざありがと。いい匂いだね」
「剥いてくれよ」
「ちょっと待ってね」
ひとつを優しく掴む。包丁をそっと当てて皮を引っ張ると、瑞々しい果肉が顔を見せた。芯から適当に切り離して皿に乗せていく。少し行儀が悪いけれど、残った芯に口をつける。甘味も酸味も身の部分より強くて、気分がさっぱりした。よく冷えている。
「はいどーぞ」
「はいどーも」
差し出せば、ぱくぱくと食べ進めていく。いくつか茶色く染みになっているものがあった。私か銀時か、そもそもの持ち主か、分からないけれど、押してしまったらしい。熟れた桃は傷みやすい。
「もう一個どう?」
「銀時のほうが剥くの得意でしょ」
「ひとに剥いてもらうのがいいんだよ」
「はいはい」
優しく掴んで、力を入れないように気をつけたつもりだった。それでも、やはり銀時に差し出した時には色が変わっている部分があった。
「難しいな」
色が変わった所で味に遜色無い。よく冷えていて、甘くて、喉を爽やかに通り抜けていく。二人で食べるものだから、すぐにお皿の上から消えてしまう。
「難しいってナニが」
「頑張っても皮を剥くときに押しちゃうみたい」
「ああ、茶色くなるやつ?」
「うん」
桃と果物ナイフを差し出す。
「えー、俺が剥くの?」
「ちょっとやってみて」
渋々といった表情のくせに素直に受け取った銀時は、予想通り器用に皮と身を切り離していく。
「ほらよ」
食べながら検分してみると、どれを選んでも茶色く染みになったものは無かった。少し悔しい。
「何が違うんだろ」
武骨な手からも本人の性格からもあまり繊細な印象は受けないのに不思議だ。単に刃物を扱うことに慣れてるからだろうか。でも、日本刀と果物ナイフは使い方も刃渡りもかなり違うけれど。
「ホラ、俺、優しくするの慣れてっから」
「そうだっけ?」
「ベッドの中でいつも優しくしてるでしょーが」
「そうだっけ?」
「これ完全に試す流れでしょ、ねえねえ、試すでしょ?」
「この暑いのに、」
最後まで言い切る前に口を塞がれた。机から身を乗り出した銀時から、何度も何度も桃の香りが広がる。誰が優しいんだよコノヤロー。
「包丁、危ないから、」
隙を見て立ち上がる。机の上の果物ナイフと皿をキッチンまで運ぶ。また流されるところだった。流しにも甘い匂いが漂っている。
深呼吸をして、気持ちを切り替える。
なのに、洗い物を済ませてから部屋に戻るとヒヤリとした空気に包まれた。普段はほとんど使わないクーラーが動いている。
「こら、ひとんちだと思って!」
「だって暑いって言うから」
リモコンを探すと、これみよがしに見せつけてくる。
「返しなさい」
「やなこった」
仕方ないので、座り込んでいる銀時のところまで歩いて行く。リモコンに手を伸ばせば、ひらりひらりと一向に手渡す気配がない。
「こら!」
「ほーれほれ」
「こどもか!」
伸ばした腕を掴まれて、まんまと策にはまったことに気がつく。昔から悪知恵ばかりだこのガキは。ねっとりと太ももの裏から腰までを撫で上げられる。睨んでやると、却って喜ばせたようで、ニヤリと笑みを深めた。
「こどもじゃねーよ、オトナだよ」