急に寂しくなる夜がある。これまではそういう気持ちは見て見ぬフリというか、あまり感じたことはなかった。けれど、会える人がいる今は、「寂しい」ということがどうしようもなくなる時がある。
いつでも来いなんて嬉しいことを言ってくれていたけれど、やはり空が暗くなってから訪ねるのは腰が引けた。
夕飯もそこそこに家を出る。こういう夜は一人で部屋にいるよりも少し歩いたほうが気が紛れた。階段を下りて、さてどこに行こうかと考えて立ち止まる。昨日の夜とは打って変わって晴れた夜空では、欠けた月が静かに雲を照らしていた。

詰めていた息を吐いて、歩き始める。
会いたいなんて、贅沢なような眩しいような気持ちを抱ける日がもう一度来るとは思ってもみなかった。同じ「寂しい」でも、全然違う。この気持ちだけで胸というかお腹というか、何かがいっぱいになってしまうのだ。

「なーにぼけっと歩いてんだよ」

「……」

だから、突然現れた銀時にはふいを突かれた。

「間抜けなツラになってんぞ」

言われて、きりりと表情を引き締める。それを見て銀時はへらへらと笑った。酔っているのかと思ったけれど、どうやら今日は珍しくノンアルコールらしい。

「何してるの」

「おまえは会うとすぐそれ聞くな」

「そう?」

「そうだよ。散歩だよ、散歩」

「そっかあ、散歩かあ」

これは自分でも驚いたのだけれど、気がつけば語尾が震えていた。かと思えば、すぐに目が霞み始めて慌てて背を向けた。
俯けば、ぱたぱたと水滴が足下に落ちていって、なんだこれは。

「おまえ、知ってる?」

「な、に」

「雨が降った次の日によォ」

「うん」

背中からの声は無遠慮に近づいてきて、多分もうすぐ後ろにいる。
街灯がチラつく。もう電球の替え時だろうか。

「月が明るいときがあるじゃん?」

「今日みたいな?」

「うん。そういう夜はさ、」

耳元で、あの頃よりも少しだけ低くて柔らかい声がする。

「おまえ、俺に会いたくなるんだろ」

「……な、」

「銀さん知ってるよ?たまーに万事屋の前まで来てること」

なんで、なんで知っている。っていうかなんでばれてるんだ。っていうかそんな法則性があることも自覚してなかった。っていうかなんで、どうしてそんなに優しい声で話すんだろう。耳が熱い。背中に銀時の体温を感じる。
それきり話さなくなって、どうも私が何か言うのを待っているようだった。けれど、恥ずかしさやら何やらで何と言い訳したらいいか分からない。背中を向けていてよかった。涙はまだ止まらない。

「おい、」

耳をつままれて、その指が少しだけ冷たくて、肩が跳ねる。
何か言わなくちゃ、と焦ったときに、突然膝の力が抜けた。

「ここで膝カックン!?」

反射で振り返って、しまった引っ掛かった、と考えたときには遅かった。

「泣くほど嬉しかった?」

「この、」

そう言う自分こそ、ずいぶん嬉しそうに笑う。

「この勘違い男!」

「ストーカー予備軍に言われてもなあ」

まさに言うに事欠いて、だ。もう今日は何を喋っても銀時には勝てないだろう。弱みを握られてるようなものだ。でもやっぱり変な奴だと思われたくなくて、そんな風に思われたくない自分にも驚いて、これじゃあまるで思春期だ。

「違うの、これはその、違うの」

「ナニが?」

チカリと、街灯が強く光って消えた。それに目を奪われた瞬間に、口を塞がれる。
街灯が一つなくなるだけで、途端に暗くなる。一瞬息を吸って、それから目をとじた。こんな道端で、なんて、すぐに考えるのをやめた。

「もう観念しろよ」

「どこでそーゆー恥ずかしいセリフを覚えてくるの!」

引き寄せられていた腰から手が離れていって、自由になる。その後の行動すら見透かされているようで、悔しいので黙ったまま家まで引き返した。
ずっと握っている銀時の手は少し冷たくて、私の手の熱さが際立つような気がした。

「出張料金ておいくらなんですかね」

「特別にタダにしといてやるよ」

家のドアを閉めて、今日はちゃんと鍵を閉めた。明るい月が、二人分の影を引き伸ばしていた。



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