冬も遅くに雪が積もった。きっとこの冬最後の雪だ。水分が少ないのか、軽い調子でふわふわと舞っているが、油断するとどんどん積もっていく。
やけに空が暗いとは思っていたけれど、まさか雪になるとは予想できず、傘も持たないままだ。頭と肩に積もった雪を、歩きながら払う。音もたてずに流れていった。

雪が温度を吸収してしまっているのか、芯から冷えるような寒さだ。吐く息は真っ白だ。その白の向こうに、見覚えのある赤い羽織がもそもそと動いていた。

「何してんの?」

人通りの少ない裏道は雪かきも疎かで、いつからいるのか彼が着けた足跡は消えてしまっている。

「おまえこそ傘も差さずに何ヤってんの。積もっちゃってるよ、雪」

「それはお互い様でしょ。どこまでが髪の毛ですかー?」

「ばっ、やめろ」

白い頭をわしゃわしゃとかき混ぜる。元々癖の強い髪は、ぼさぼさにしたはずなのになんだかさっきと変わりがなかった。

「折角セットしてんのによぉ」

「すぐ嘘言う」

「おまえってスゲーカワイイよな」

「いやー、銀さんは正直者だなあ」

しゃがんだままの彼が、やっと顔を上げる。鼻の頭と耳が赤くなっている。こちらを見てへらりと笑ったところを見ると、私も似たような感じなのだろう。なんだか悔しくなって隣にしゃがみこむ。

「何見てたのよ」

「べっつに〜」

ささっと手で隠されたそれは、小さな固まりのようだった。そういえば、と思って視線を先に動かすと、白い帽子を被った郵便ポストが立っていた。

「この間のふきのとうかあ」

その日はぽかぽかとお日様が気持ちの良い日で、そんな陽気につられたのか道端にひょっこりと小さなふきのとうが顔を出していたのだった。とっくに心ない人に摘まれているかと思ったけれど、小さすぎたのか、はたまた一つきりだからか、今日まで無事だったらしい。

「私が好きだって言ったから気にかけてくれたんだ?」

冗談半分で口にすれば、面白くなさそうな顔をして銀時が立ち上がった。乱暴に髪や肩の雪を地面に落とす。

「勘違いすんな、もうちっと経ったらむしって高く売り捌くんだよ」

「はいはい」

見下ろしたまま動かないところを見るに、どうやら一緒に帰ってくれる気はあるようだ。

「ふきのとうは寒さに強いから大丈夫だよ」

「うるせー」

手が伸びてきて、私の頭を乱暴に二、三度撫で付けた。銀時の体温で解けた雪が、冷たい。冷たいけれど、少し楽しい。にやついたのが分かったのか、頬を摘ままれる。

「つめひゃい」

「ふやけたツラ引き締めんのに丁度いいじゃねーか」

やっぱりその指先も冷たくて、その原因が間接的にでも自分にあるかと思うと愛しくてたまらなくなる。
こんなことを言っても、たぶん否定も肯定もしてくれないのだろう。

「お汁粉でも食べてく?」

「奢りだろーな?」

「またパチンコ負けたの?」

「負けたんじゃねえ、預けてるだけだ」

「ばーか」

マフラーに半分埋もれた頬をつねり返す。へにゃりと歪んだ口元と、なぜか下がった目尻のせいで、まるで銀時が微笑んでいるように見えた。

今日の私は、ずいぶんと自惚れているようだ。



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