お酒を飲むのは楽しい。一人なら酒や肴の味をじっくり堪能できるし、誰かと一緒なら愚痴をこぼしあったり馬鹿な話でゲラゲラ笑ったりととにかく賑やかだ。たまにお通夜のような雰囲気になるが、それはそれで面白い。気の合う奴となら朝までどころか一日中呑んでいられる。
ただ、楽しいことと危ういことは紙一重で、お酒も例外ではない。

いまやけに重たい布団をかけて寝ているのもそのせいだ。見上げた天井はいつもと同じものなのでここは自分の部屋なんだろう。しばらく記憶の糸(しかも切れかけ)を手繰ってから、ようやく自分が布団にしがみついている状況を思い出した。

ぱたりと布団に腕を下ろす。‥‥‥重い。私を潰してしまわないように努力してくれた形跡はあるが、もはやそれも意味がない。どちらかと言えば自由の聞く左手で布団を揺らす。

「坂田銀時さーん、起きてくださーい」

布団もとい坂田銀時は、単語にすらならない母音を発した。そのときに吐いた生温く酒臭い息が私の首筋にかかる。少しだけ粟立った背筋は無視して、再び銀さんを揺らす。

「もしもーし、ドリルのお時間ですよー」

少し首を動かして、彼の耳元でちゅいーんと歯医者の診察台を再現してみる。

「すいまっせーん!」

カバリと反射で起き上がる。キョロキョロと首を動かして、ここが歯医者ではないと分かったのか安堵のため息をつき、さらに俯いた拍子に私と目が合ってようやく自分が女に馬乗りになっているという体勢に気がついたらしい。今度は冷や汗らしい液体をこめかみから垂らしながら声にならない悲鳴をあげた。見ている分には非常に面白い。

「待て、落ち着け、落ち着いてタイムマシンを探せ」

「きゃー坂田さんにオカサレルー」

「ちっがーう!これはおまえがだな、」

「別にそんな勘違いしてないんで早くどいてください」

重いです。そう言うとやっと気がついたのか、私の上からどいて、そしてベットだということを忘れていたのか床に転がり落ちた。

「大丈夫ですかー」

「あァ、目ェ覚めたわ」

私も起き上がってベットのふちに座り直す。

お互い服を着たままだし、一発ヤっちゃいました☆という感じでもない。私の記憶が正しければ、ベロンベロンに酔っ払った私を私よりはマシという程度の銀さんが家のベットまで送り届けてくれて、しがみついたまま寝てしまった私のせいでこんな状況になった。はずだ。

「なんかすいませんね、抱え込んだまま寝ちゃって」

状況を把握していることが分かったからか、彼はホッとしたような表情で私を見上げた。

「いやあ、ほんと銀さんどーしよーかと思ったよ。おまえ変なこと言い始めるしさあ」

「‥‥‥変なこと?」

「このまま抱いてってもいいんですよ、とか、私じゃたたないんですか、とか」

「‥‥‥そんなこと言ったっけ?」

「‥‥‥あれ?それは覚えてない系?」

「アホの坂田の勘違いだと思う系」

「いやいやいやしっかりこの耳で聞いた系。あと俺アホじゃない系」

「う、そ、だ!」

勢いだけで立ち上がると二日酔いなのかなんなのかぐにゃりと地面が歪んだ。後ろに倒れ込む前に手首を掴まれて、なんとか踏み止まる。彼の手は少し冷たい。

「私そんなこと絶対言わないですよ」

ギロリと睨んでやると、彼はニヤニヤとそれはそれはムカつく笑みを浮かべていた。なんか変なスイッチを入れてしまったようだ。

「いや、言われた銀さんはだいぶ悩んだんですよ?おまえに言われた通りにするかどうか」

「へー」

「まあ銀さん紳士だから?さすがに酔った女を襲うような不埒な真似はしなかったわけだけど?」

「ふーん」

「でも春ちゃんが一晩中離してくんなくてさー、まったくおまえ俺が理性のある男前でよかったな」

「その妄想いつ終わります?二度寝してもいいですか?」

「‥‥‥んだよ、ほんとに覚えてねーのかよ」

彼を見下ろすと、意外なことに真面目な顔をしていた。

「覚えてないです」

だってずっと黙っていたのに、ずっと気がつかれないようにしていたのに、ちょっと酔ったくらいでそんなポロっと言ってしまうわけがない。

「銀さん期待しちゃったよ」

「そんなにシたいならソープでもなんでも言ったらどうですか」

「おまえ、酒に酔っただけで誰にでもあんなこと言っちゃうの?誰にでも張り付いて離れなくなんの?誰でもいいの?」

「‥‥‥だったら、」

なんだか攻められているようだ。こういうときの銀さんの目は怖い。何を考えているのか途端に分からなくなる。

「だったらどうだっていうんですか」

だからつい心にもないことを言ってしまう。彼に負けないように、彼に心の中を読まれないように。

「銀さんには関係ないです」

掴まれた手を引っこ抜こうと腕に力を入れると、緩むどころか締め付けられて左手の自由を奪われる。

「関係なくねーよ。誰でもいいなら銀さんでもいいんだろ?」

なにがどうなったのか、気がつけば先程目覚めたときと同じような体勢になっていた。違うのは、彼の意識がはっきりしていて重い布団になっていないということだ。

「どういうプレイにする?緊縛?目隠し?猿轡?」

私の左手を掴んでいないほうの手が、すでに緩くなった帯をほどいていく。空いている右手で阻止しようとしても、どうしてか帯は、私に見せつけるように銀さんの手に吊されていた。ニヤリと彼が口角を上げる。これはなんかヤバイぞ。ドキリと、怖さと期待で心臓が嫌な風に音を立てる。

「ちょ、あの、坂田さん?まだ酔ってらっしゃるんですか?」

「俺が酔ってようが酔ってなかろうが春ちゃんには関係ありませーん」

ぐぐっ、と彼の顔が近づいてくる。キスされるのかと思ったら、耳のあたりに息がかかって、それから生暖かくて湿った何かがぺろりと触れた。耳骨を甘噛みされて、初めてそれが彼の舌だと分かった。ぞわぞわと不快感以外の何かが背筋を走る。

「あ、の、」

「ああ?」

不機嫌そうな声の主は、わざとなのかひちゃりひちゃりと音を立てながら執拗に首筋や耳を舐めたり噛んだりしている。恥ずかしくて顔をそらすことは、余計に首筋を晒すことと同じだった。

「ほんとは誰でもよくなんかないです」

「へー」

「銀さん以外にはそんなこと言いません」

「ふーん」

やっと耳から離れてくれたと思ったら、今度は鎖骨の感触を確かめるように歯を立てられる。これがまたなんとも言えず、雰囲気に流されそうになる。

「いまさらそんなこと言われて信じるわけねーだろ」

「ん、」

囁いた吐息が鎖骨にかかって、気付けば今まで聞かせたことのない声を出していた。

「ほら、まんざらでもねェ」

「ち、が、」

「あーあ、春ちゃんがこんなにえろい娘だとは思わなかったなあ」

芝居がかった口調ながらもその手は私の着物をはだけさせ、肌を外気に触れさせる。一瞬だけ合った視線は、彼の瞳がなんの光も持ち合わせていないことを強調しただけだった。いつもの彼と違う。どうしたら信じてもらえるのだろう。少し怖いけれど、このまま成り行きにまかせても言われた通り満更でもない。だけど、求めていたのとは違う何かが手に入ってしまうのだろう。それは嫌だ。

「や、め、て、ください、よ!」

「ふぶへっ」

銀さんの顔を右手で力任せに押し返す。一瞬できた隙を見計らって、ベットから脱出した。風呂場に駆け込んで内側から鍵をかけて、乾いた床に座り込んだ。乱れた呼吸を整えようと何度か深呼吸をする。それから5分くらい経っただろうか、ぺたぺたと他人の足音がした。

「悪い、こんな風にするつもりじゃなかったんだ」

「誰でもいいのは‥‥‥銀さんのほうじゃないんですか?」

「あ?」

咄嗟に投げ付けた言葉はなかったことにはできない。

「抱ければ誰でもいいんでしょう?」

「っ、」

遠ざかっていく足音を止める術はなかった。



避けたつもりはなかったけれど、たまたま万事屋方面の仕事がなかったせいで一度も顔を合わせずじまいで一週間が経ってしまった。行きつけの飲み屋ののれんを道の反対側から眺めて、ため息を一つつく。行くか、行かないか。迷っていたところに、白いものが視界にちらついた。

「こんばんは」

視線をそちらに動かせば、後ろを向きかけた銀さんがいた。

「一杯どうですか」

おちょこを傾ける動作をすれば、銀さんは困ったような怒ったような、少しぎこちない笑顔を浮かべて頷いた。二人並んでカウンターに座る。

「マスター、焼酎を0:10の水割りで」

「マスター俺も同じのちょーだい」

「マスターじゃねえっていつも言ってんだろ!」

ぶつくさと文句を言いつつも何も聞かずにアルコール分ゼロの水割りを二つ差し出してくれた。お互い乾杯もせずちびりちびりとそれを飲む。飲み干すと、また同じものを頼んだ。結局日付が変わる時間まで似たようなものを飲み続けて、どちらが先かは分からなかったけれど自分の分を払って店を出た。お通夜のような時間だった。

「‥‥‥遅いから送ってく」

「ありがとうございます」

素面で並んで歩いたことなんて、片手で数えるほどしかない。それでも、やっぱり彼の隣にいるとなんとも言えない心地良さを感じる。ちらりと銀さんを見ると、硬い表情でただ前を見て歩いていた。何を考えているんだろう。気にならないわけじゃないけど、私はこれからのことで精一杯だ。
アパートの前までくると、銀さんがぴたりと歩みを止めた。
黙って立っていると、分かるだろ?というような顔をされたけれど、それを無視した。諦めたように銀さんは階段を上がって、私もそれに続いた。部屋の前まで来て鍵を彼の手に押し付ける。

「なんだよコレ」

「鍵です」

「んなもん見りゃ分かんだよ」

「‥‥‥」

また黙り込むと、渋々といった感じで鍵を開け、ドアを開けた。

「入ってください」

「え、いや、だってさァ」

「入ってください」

いよいよ焦ったような声を出した銀さんを睨みつけて、コタツ机の前に座らせる。私も向かいに座った。

「春ちゃん?なに考えてんの?銀さんそこまで面の皮厚くないんだけど」

「私が、」

一週間ずっと考えていた。

「好きでもない男と一晩中飲んで家に連れ込んでさらにその男に抱き着くような軽い女に見えますか?」

「‥‥‥」

「あんなことがあったから言います。誤解されたままなんて嫌なので」

彼の肩が一瞬動いたように見えた。表情はまたあの無表情に逆戻りだ。だけど今度は、もう躊躇わない。

「私は銀さんのことが好きです。だから多分変なことも言ったし、一晩中抱き着いてたりしたんです。誰にでもするだなんて、そんなこと言わないでください」

「‥‥‥悪かったよ」

バリバリと髪を掻き回して、それから一つため息をついた。

「俺からも言わせてもらうけど、俺だって誰でもいいだなんて思ってねえよ」

ジロリと睨まれる。そういえば私も結構ひどいことを言ったかもしれない。

「毎回酔い潰れて無防備なおまえ見て銀さんの息子がどれだけ我慢してるか知ってる?好きでもない相手だったらこんな長い間我慢させないからね」

あくまでも銀さんらしい言い草がおかしくて、真面目な話の最中だからと吹き出しそうになるのをこらえていたらそれをどう受け取ったのかあたふたと手を振り始めた。

「いや、ほら、春のことがどうでもよかったら最初っからヤっちゃうよ?銀さんも男だからね?でもほら好きな女だから手ェ出せないっていうかなんていうかそのほら、こないだもちゅーはしなかったでしょ?」

なんだその可愛い一線は。

「じゃあ今してください」

「だから息子はね、‥‥‥え?俺でいいの?」

「銀さんじゃなきゃ嫌です」



お酒を飲むのは楽しい。好きな人と二人で飲むのはもっと楽しい。

「で、どういうプレイにする?緊縛?目隠し?猿轡?」

「目隠しですかね」

「やっぱおまえエロいのな」

「銀さんを好きになる女がまともなわけないでしょう」

「そりゃそーか」



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