都会というのは恐ろしいところで、暗くなるとおちおち一人で出歩くこともできなくなるらしい。
こちらに来てすぐの夜に、コンビニに行こうとしたらそう忠告された。
けれど生まれも育ちも田舎な私は、大してそのことを気にもせず、ふらりと外に出た。時刻は午前四時。まだ日は出ていない。なんとなく目が覚めて、なんとなくの散歩だった。
なのに、
「よォ、おねーちゃん一人かあ?」
「おじさん達と遊ぼっか」
「ばっか、俺らまだおにーさんだしぃ」
えええ!?もうそろそろ夜明けなんですけど!こんな色気ゼロの小娘なんか面白くないと思うんですけど!
「あ、あの、結構です!」
万事屋まであと少し。走り出そうと後ずさると、変に汗ばんだ手に掴まれた。
「うわわわわまじ結構です!帰ります!」
「いいじゃんいいじゃん」
なにもよくねェェェ!
やっぱり大人しく布団の中にいればよかった。でもいまさら後悔しても遅い。都会怖いわ!
「大人しくついてくりゃあ悪いようにはしねーって」
「だからさっさと歩けよ」
「ひぃぃ」
えーもうなんなの?意味がわかりませーん。誰でもいいから助けて。あ、でもやっぱ知り合いに助けて欲しいかも。歌舞伎町にきてからは知ってる人より知らない人に会うほうが多いし。
「ったく、夜遊びですかコノヤロー」
「ぎ、銀ちゃん」
聞き慣れた声に振り返ると、まだ寝間着姿の銀ちゃんがあくびをしながら立っていた。空いてるほうの手を掴まれて、引っ張られる。
「これうちの娘なんでェ、お引きとり願いまーす」
間延びした喋り方でそう言ってから、すたすた歩き出す。さっきの二人組も彼が現れた途端に興味を無くしたように引き返していった。舌打ちしながらだったけど。
角を曲がったところで銀ちゃんが立ち止まった。急だったので鼻をその広い背中に打ち付けた。ちょっと痛い。
「んっとに、このバカチンが!」
「いてっ」
ガツンと、ゲンコツが振ってきた。かなり痛い、すごく痛い。涙目になりながら顔を上げると不機嫌そうな銀ちゃんがいた。
「暗くなってから一人で出歩くなって言っただろーが!馬鹿かおまえは!歌舞伎町は危ないところなの!」
「‥‥‥ごめんなさい」
体験すると分かる。田舎と同じ感覚で歩いたら、絶対痛い目見る。現に今見そうになったし。
「ったく、俺が見っけたからいいもんを」
ブツブツと呟きながら歩き出した銀ちゃんの手は、ちょっと湿っていた。手汗かな。でもさっきの人のと違って、不快なものじゃなかった。
「銀ちゃん」
「ああ?」
「ありがとう」
言ってから、自分の頬を涙が伝うのが分かった。今になって怖くなった?いやいや、きっとゲンコツのせいで涙腺が緩んだんだ。銀ちゃんが振り返る気配がしたので、慌てて俯く。爪先に、ぽたりと雫が落ちた。
「‥‥‥」
「おまえなあ、」
はあ、と立ち止まった彼からため息が零れる。
「ほら」
「あ‥‥‥」
「乗せてってやるよ」
しゃがみ込んだ銀ちゃんは、一度アゴを動かして、私を促した。お言葉に甘えてその広い背中におぶさると、よっこらせ、と立ち上がった。
「重てェ」
「そんなことないし」
はは、と小さく彼が笑う。
「鼻水はつけんなよ」
「‥‥‥はい」
私が肩に顔を埋めると、歩き出した。
その日の銀ちゃんは、ずいぶん遠回りをして万事屋に帰った。
そろそろ
夜が明けるよ