そうして歩いて歩いて、疲れて疲れて、彼女は俺の膝の上で丸くなって目を閉じたのだ。
「こんなにボロボロになって、君は、」
「ちゃんと、約束を守ったでしょう?必ず貴方のもとに帰るって」
「……そうだね。そうだったね」
そして、もう二度と出ていくことはないのだろう。煤と傷の付いた頬をそおっと撫でて、そこに口づけると彼女は満足そうに微笑んだ。
「ここはなんてあたたかいのかしら。まるで光の中にいるようだわ」
「そうかい?なら、よかった」
いっそう彼女の肩を強く抱きしめる。もう、感覚がないのだ。この降りしきる雪を見る視覚も、忍び寄る冷えを感じる触覚も、ない。ただただ、この美しい雪景色を光の中だと彼女が感じているのなら、それはそれで僕は嬉しい。
「もうなんの苦しみも、悲しみもないよ。だって君は、帰ってきたのだから」
「……そうね、きっとそう」
泥で固まった長い髪を梳きながら、彼女の顔を見つめる。
「少し眠くなってきたわ」
「疲れがでたんだろう」
「もっと貴方と話していたいのに」
「だいじょうぶ、君の目が覚めるまでこうして側にいるよ。起きたら一緒にご飯を食べて、温かいお茶を飲みながらたくさん話そう」
「手も、」
「うん?」
「手も繋いでいてくれる?」
「ああ、もちろんだよ」
髪を梳くのをやめて、がさついた彼女の手を持ち上げるように握る。
「これでいいかい?」
「ええ、ありがとう。もっと貴方を見つめていたいけど、今は少し、少しだけ、」
言いつつ彼女の瞼は下がる。
「おやすみ」
その瞼に口づけると、彼女の指先が僕の手を握り返して、そうして冷たくなっていったのだった。
そこは、あたたかい場所なのだろうか。いつか君が教えてくれるまで、僕はただ一人で考えるのだろう。