同期の中では際立って恵まれた体格のはずなのに、なぜかふいに見失ってしまう。探そうと思って視線を動かして、そうしてようやくぼんやりと立つ姿を見つけられる。
「おーい、ベルトルト」
掛け声と共に高く掲げた手を左右に振れば、うつむきがちに歩いていた彼が探るような目付きでこちらを見た。
「一人なら相手になってよ」
「僕と?」
女子の中では背が高いほうだけれど、彼の顔を見るには少し努力が必要だ。そんなに身長差のある相手を選ぶことは、この訓練において損はしても得はしない。
「君もエレンみたいなタイプかい?」
「奴ほど純粋な動機じゃないよ」
ベルトに挟んでいた木製のナイフを彼に向かって投げた。危なげなくキャッチしたそれを、構える。
「この間街に行ったの」
「悪い男にでも絡まれた?」
「知らない人がね」
「助けようとしたの?」
「まさか」
いつものように組み合っても、彼が相手では少しよろけさせるだけが精一杯だ。
「この技量を見れば分かるでしょ?」
今度はナイフを受け取って、刃先を彼に向けて揺らす。
幸いなことに未熟な訓練兵が割って入らなくても、すぐに駐屯兵が駆けつけて事なきを得ていた。けれど、数年もしないうちに駆けつける側にならなければいけないのだ。女子とはいえ兵士であり、そして対人格闘の訓練が用意されているのであれば取り組まないわけにはいかない。
「意外と真面目なんだね」
「意外とは余計だけどね」
突き出したナイフは腕ごと掴まれて、勢いのままに引っ張られる。簡単にバランスは崩れて、それが悔しくて咄嗟に手が伸びた。地面に背中を打ち付けながらも、その速度と自分の重さを利用して彼をこちらに引き寄せた。
「何を……!」
「なんだろ、理屈以前に必要性っていうか、危機を感じたっていうか」
「この体勢には感じないのかい?」
驚いた顔からすぐにいつもの落ち着いた表情に戻った彼との距離は、ほんの少しだ。
「……べつに」
自由の利く右手でナイフを割り込ませて視線を遮る。なんだか攻められているような気がした。けれど、その手首を彼が掴んだ。
「ねえ」
腕は掴んだナイフごと呆気なく横にずらされて、結局真正面から見つめ合う形になる。
「圧倒的な力の前では、技術なんて意味がないと思わないかい?」
「その質問は、ここで言うにはずいぶんな皮肉だね」
手首が締め付けられていく。意識が痛みに集中していく中での精一杯の強がりだ。
彼の言葉は今の自分達を完全に否定している。巨人という力の塊に立ち向かうために訓練をしているのに、それを無意味だという。しかもベルトルトは成績上位者だ。
「でも実際にそうだった。そしてこれからも、そうかもしれない」
「そんなことない、」
「君が言えるの?」
ナイフが乾いた音を立てて地面に落ちた。どう押さえられているのか、手足が動かず抵抗もできない。そんな私が、彼の言葉を否定できるのか。
「だって、そんなの、」
痺れ始めた手を握りこむ。太陽を背にした彼の瞳は黒く陰っている。その瞳を、滲んだ視界ごと睨み付ける。もしかしたら彼には、苦しさで目を細めたようにしか見えていないかもしれない。
「そんなの納得できない、何もしないで嬲られるだけなんてふざけてる!」
「そうだね、ふざけた現実だ」
絞り出した叫びは呆気なくはね除けられた。きっと今の彼に今の私が何を言っても届かない。悔しいけれど、これが事実だ。
悔しさと痛みと興奮と、少しの恐怖から涙が流れそうになる。
「……ベルトルト、痛い」
「ご、ごめん」
小さな声で抗議をすると、今まで無意識にしていたのか、締め付けていた手を慌てたように放した。
「次の訓練に支障が出ないといいけど……」
さっきまでの彼はどこかに隠れてしまったらしい。いつもの気弱な表情だ。
「今日はこれで終わりだよ、大丈夫」
「そうか、よかった」
先に立ち上がったベルトルトの手を借りて体を起こす。
そこかしこに付いた砂埃を払っている間に、彼はいなくなっていた。ジャケットの袖を捲れば、やはり掴まれたところが鬱血している。熱と痺れはすぐにひいても痕は長引くと思ったけれど、夕食の時にはすっかり元通りになっていた。
彼とペアを組んだのはそれきりで、私の成績は卒業間近になった今でもやはり特別にはなれないままだ。
けれど、あの時掴まれた手首が、忘れるなと言うように今でもたまに熱くなるのだ。納得できない現実を享受し続けて、私は強くなれたのだろうか。