「お館様ああああ!そのような格好でうろつかれてはお風邪を召されますううう!」

「湯上がりならまだしもこれから湯に浸かろうというのに風邪などひくものか!」

「じゃあ早く浸かって下さい!」

「バカモン!湯に浸かる前にきちんと体を洗う、何事も順番というものがあるのだ」

「そんな兜と褌一丁でおっしゃっても説得力がありません!」

佐助さんも幸村様もいないこんな日、なぜよりによって浴場前の掃除当番が私なのだろうか。雑巾掛けの最中にふっと顔を上げればほぼ全裸状態の武田信玄様が堂々と大股でこちらに近づいてくるところで、しがない小間使いの私は慌てて頭を下げた。けれどいつまで経ってもお館様のおみあしは私の狭くなった視界から消えなかった。

「せめて湯が沸くまで何か羽織って下さい……」

早く沸けと心の中で何百回祈っても、肌寒いこの時期にはなかなか時間がかかる。

「今日もめかしこんでおるわ」

どこまでも堂々と仁王立ちする彼の人の視線の先には、白い傘をかぶった富士の山が顔をのぞかせていた。

「左様でございますね」

確かに、雪化粧を施した様は綺麗である。しかし私はそれよりも視界にちらちら入るお館様の臀部が気になってしょうがない。引き締まったそこは、大きさこそ違えど幸村様のとよく似ている。血の繋がりはないはずなのに、不思議なことだ。武士というものはみんなこのような体型になるのだろうか。まるで、

「ぬしは、桃は好きか?」

「もっ!?」

桃のようだと思った矢先にこれだ。お館様ならひとの心も読めそうだから、余計にどきりとする。

「桃は、好きです」

「葡萄は好きか」

「好きです。柿も好きです」

「そうか。ぬしは果物が好物か」

「はい。果物は、甘いので好きでございます」

「甘いから、か」

そう繰り返してから豪快に笑ったお館様は、視線を私に向けてから口を開いた。

「また戦になるであろう。みなと力を合わせて城を守るのじゃぞ」

「……はい!」

しがない小間使いにも気さくに話しかけて下さるお館様。戦国一の武将と言っても過言ではないお館様。これがどうして慕わずにいられようか。

「お館様」

「なんじゃ」

「おかえり、お待ち申し上げております」

「うむ」




やまなしのなるころに



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