どんなに背中を丸めたって、飛びぬけて大きいことに変わりはないのだ。遠目からでも、すぐに彼だと分かる。上背の割には細身だけれど、やっぱりその背中は大きく見えた。笑うどころか喋っているところすらあまり見かけない。こちらから話しかければ人並み程度の社交性は発揮してくれるが、十分静かなほうだと言える。

宿舎に着く前に挨拶でもできればと思い、少しだけ足を速める。リーチが違うので追いつくかは分からない。まあ、追いつけなくてもいい。彼とは、他の人よりも一緒に訓練する機会が多い、ただそれだけの仲だ。冗談を言えば冗談で返してくれたりもするが、一緒に食事をしたりはしない。だから追いついて言葉を交わしたって、スープの野菜が多めだったというくらいの小さな喜びを感じる程度だ。訓練が午後休の今日、夕飯にはまだ幾分間があるというこの時間帯に、他に人影はない。

ああ、追いつけないかもなあ。

そう思ったときだった。ふいに、どうしてだか突然、大きいはずの彼の背中がちっぽけに見えた。色を濃くした夕日のせいだろうか、それとも引き絞るような鳥の鳴き声のせいだろうか、なぜだかとても、とても悲しい影を見た。胸が締まって、目頭が熱くなる。こみ上げた衝動に耐え切れずに、走り出した。

直前に見たのは首だけを捻って後ろを向いた彼の横顔だった。表情は、知らない。衝動を押し付けるようにしてその背中にしがみつく。

「え?なに?どうしたの?」

ああ、ちゃんと大きいよ。きっと正面から見たら私の姿なんて分からないだろう。なのに、なのにどうしてあんなにもちっぽけに見えたんだろう。堪え切れなかった涙が、目尻から流れていく。

「……何かあったのかい?」

「ううん、たぶん、ちょっと疲れてるだけなんだ」

頭のおかしな奴だと思われたかもしれない。馴れ馴れしいと思われたかもしれない。それでもその声はいつも通り穏やかな抑揚で、ほんの少し彼の心を隠している。彼のほうこそ何か悲しいことがあるのではないだろうか。でも、そんなことを聞ける勇気は、この衝動を必死に押し込めようとしている私にはなかった。

「疲れが溜まると心のコントロールが効かなくなることがあるそうなんだ」

「そう、なの」

「だから、大丈夫。今だけのことだよ」

その言葉には妙な力強さがあって、私の衝動に優しく降り注いだ。
それきり、夕闇が濃くなって私の涙が止まるまで、彼はその背中を私に貸していてくれた。

夕食を告げる鐘が鳴り響いてテーブルに座る。器を覗けばいつもよりも野菜が大きく切ってあった。この喜びの、なんとちっぽけなことだろうか。




back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -