▼見上げた笑顔

※息子名「弥吉」で固定です
(三成のお兄さんの幼名「弥三」と三成の幼名「佐吉」から取ってます)












「なまえ、なまえ!!」

「はい、どう致しましたか三成様」


どこか上ずった声で私の名を呼ぶ三成様に、内心「今度は何かしら」と思いながらそっと障子を開けた
そこには案の定まだ産まれて1年も経たない、最近首が座ったばかりの愛息子を腕に抱いて縁側に座る三成様がいらして、常ならば信じられないくらいのきらきらした目で私を振り返られた


「弥吉が寝たぞ!私の腕で!」

「それは良う御座いますが、あまり大声を出されては弥吉が起きてしまいますよ」


そうは言ったものの三成様の腕の中で眠る愛息子は、この齢にして既に肝が据わっているらしく普段からそうそうの事では起きない
しかし三成様は私の言葉にハッとして弥吉を見下ろして、その瞼が固く閉ざされているのを確認して安堵したように息を吐かれた


妊娠中から思ってはいたけれど、この御方は戦場と家庭とではまるで人が変わられる
戦場での三成様を見た事はないけれど、他の家臣達や足軽への接し方を見るに、凶王と呼ばれる噂話は嘘ではないのだろうと安易に察しがつく
しかし今の三成様はどうでしょうか
まだ産まれて程ない赤子を腕に抱いてその寝顔をじっと眺められている三成様の横顔は、どこからどう見ても一般的な子煩悩な父親のそれなのです

弥吉が指を握った、言葉を発した(正確には「あー」と声を上げただけ)、笑った、泣いたとその一挙一動に驚いては私を呼んでその感動を伝えられるものだから、もしかすると一般のそれより酷いのかもしれない
けれどそんな様がまた三成様の素敵なところだと私は思っている


「あら、少しぐずり出しましたね」

「何か気に障ることをしたか!?」

「そんな大袈裟な…赤子はよく泣くものなのですよ」


先まで安らかに寝ていた弥吉が急にぐずり出し、慌てる三成様を私が諭す頃には声を上げて泣き始めた
三成様はまだ赤子のあやし方に慣れていらっしゃらないので、私が、と思い手を伸ばすも三成様はそれにすら気付かず腕の中で泣くわが子を必死であやそうとしていらっしゃる


「泣くな、何だ、何が気に入らんのだ」

「三成様、そんな怖い顔をされては余計泣いてしまいます、笑ってくださいませ」

「笑え、だと…?」

「そうです
赤子は周囲の人間の感情に敏感なのだそうですから、三成様が混乱されては弥吉も困ってしまいます」

「……」



じっと弥吉を見つめて返ってこない答えを求めて問いを繰り返す三成様を見かねて、そう助言すれば、三成様は一瞬戸惑ったような表情をされて私を見た後、再びじっと弥吉を見下ろされた


「…弥吉、泣くな、笑え、私が笑うのだから笑え」

「三成様…」


普段からあまり笑われない三成様が、弥吉に向かって一生懸命表情を解して笑み(らしきもの)を向けていらっしゃる
しかしながらその物言いはどうにかならないものかしら、と思いながらもここまで三成様が我が子に愛情を持って接してくださることには感動せざるを得ない

三成様を援護するように、私も三成様の腕の中の我が子の頬を撫でてあやしてやれば、ぱちりと見開かれた目が私達の姿を映し、途端に泣き声が収まった
それに安堵して三成様と顔を見合わせて微笑めば、弥吉まで嬉しそうにきゃっきゃと声を上げて小さな手を私達に向かって伸ばし始めた


「!なまえ、弥吉が泣き止んだぞ!」

「本当ですね、父上にあやして貰って嬉しかったんでしょう」


伸ばされた小さな手を握り、息子以上に嬉しそうにする三成様がとても微笑ましい
私まで幸せな気分に浸ってそのまま暫く弥吉と戯れた
縁側から見える太陽が紅く染まる頃にはさすがの弥吉も疲れてしまったらしく、今度は私の腕の中ですやすやと息を立てて眠り始めていた


「なまえ、弥吉は良い武士になるぞ」

「ふふ、三成様が仰られるなら間違いないでしょうね」

「私が直々に稽古を付ける
共に秀吉様の下で力を振るう日も遠くはないだろう」

「それは楽しみなことで御座いますが…」

「何だ、」


まだ歩きもしない息子の将来を思い描いて嬉しそうな顔をされる三成様を見ながらも、どこか寂しい気持ちが隠しきれない
この御方のその優しさと愛情は、少なくとも私の知る限りでは私以外に向けられた事がない
それが今ではすっかり息子に移ってしまって、三成様が私に構って下さる時間はすっかり減ってしまっていた
それはそれで母親として、妻として喜ばしい事ではあるのだけれど、心のどこかではまだ女で居たいという思いがある事も確かだった


「…弥吉に構われるのも良いですが、偶には少しでも私に気を向けて頂けると有り難いです」

「そんなことか」

「そんなこととは…」

「下らん事だ、私はこの屋敷に居る時は常に貴様に気を向けている」

「え…?」

「確かに貴様は母親になったが、私の妻である事に変わりは無い
…妻として、貴様への接し方を今までと変えるつもりは元より無い」

「三成様…」


真っ直ぐに私を射抜くその視線は、弥吉に向けられるような柔らかなものではなく、女である私に向けられるもっと熱い、何か熱のこもった視線で
下らない事を言ってしまったと少し後悔して俯く私の頬を三成様の手が掬い、三成様をそっと窺えばその瞳はやはりどこか熱らしきものを湛えていた


「…次は女が良いか」

「そ、それは…」

「男七人石田家で七本槍というのも捨て難いが」

「七人…」


まさか三成様がそんな大家族を御所望だったとは
と思いながらも暗に色々な事を想像させるその言葉に思わず頬を赤らめると、それを察したのか三成様は少し口端を上げて、今度は両手で私の頬を覆われた


「…今夜は弥吉を乳母に任せておけ」

「こ、今夜ですか!?」

「…流石に私もいつまでも禁欲で居られるという事はない
無事に子も産まれた……もう、良いだろう」


じっと私を見つめてから、すっと頬から手を離された三成様は私の腕の中の弥吉ごとそっと正面から抱き締められた

あぁ、そうかこの御方もまた父親であると共に一人の男性だったのだと、その腕の温もりに気付かされた


この子に弟か妹が出来るのも、きっとそう遠くない
家族が増えて、もっともっと三成様の色々な面を見たい
そしてそれ以上に、この御方の妻としてこれからもずっと三成様のお側で、三成様を精一杯愛していきたいと、強く思った




「…なまえ、」

「はい」

「…貴様を娶って正解だったと、思っている」

「……勿体無きお言葉です
私も、三成様が旦那様で本当に幸せで御座います」

「…そうか」

「はい」















見上げた笑顔
言葉にはされない想い
愛しいという感情が
そこには映っている