▼過保護な貴方 「三成様…私は大丈夫ですからどうぞお勤めに…」 「馬鹿か、朝から卒倒した女が大丈夫などとよく言えたものだな」 「ですが、秀吉様のお役に立つのが三成様のお仕事で…」 「秀吉様には許可を頂いた、よく気を付けて看病するようにとのご指示までな それから半兵衛様が良い薬師を連れてきて下さるそうだ」 「それは勿体無い事で…」 陽も高々と上がったお昼時 こんな時間に床に就いているのは幼い頃に熱を出して以来かもしれない そんな暢気なことを考える私とは正反対に、生真面目な顔で私の床の隣に胡坐をかく三成様は一体何を思っていらっしゃるのだろう 最近少し体調が悪いと感じてはいた すこし貧血気味で食欲が無くて、かと思えば急に何か食べたくなるという不安定な体調が2週間ほど続いていた それでも日常生活に支障が出るほどのものでは無かったので、特に何もせずに放っておいていたのだけれど 今朝、起きて支度をしようと立ち上がった瞬間酷い眩暈に襲われ、そのまま数秒意識を手放してしまった その時、三成様は既に登城されていて半兵衛様方と軍議をされていたそうだけど、屋敷からの知らせを受けてそれこそ刹那の速さで舞い戻って来られたのだそうだ 私自身は、卒倒こそしたものの意識を取り戻した後は然程問題なく、少し気分が悪いくらいだったので大事ないと三成様に告げて早々にお城にお戻り頂こうと思っていたのだけれど、それを告げる前に三成様に半ば強制的に床に就かされ、そのまま監視されているような状況で今に至っている 秀吉様命な三成様が、私の体調一つでここまで動転されるというのは些か予想外だった 吐血でもしたというのならまだしも、卒倒したが意識はあるとまで伝えられたのなら「後は頼む」なり「何かあったら又報告しろ」ぐらいで済まされて当然だと思っていた むしろそれでいいと思っていたのに… じっと私を見つめる真っ直ぐな視線は心配しているのか怒っているのか判断し難いけれど、これはきっと心配して下さっているのだろうと思うと、何だか少しやりきれない思いが込みあがって来る 不意に微動だにしなかった三成様の腕が伸ばされて、少し冷ややかな掌が私の額にそっと乗せられた 「熱は…無い…か?」 「無いですか?」 「分からん、どの程度の熱さで不調になる」 「それを私に訊かれましても…」 三成様は至極真面目に私の額に手を置いて、自らの額に手をあてて、を繰り返しては「解せぬ」と言わんばかりのしかめっ面で眉根を寄せて悩まれる その仕草がなんだか可笑しくて笑いそうになるのだけれど、今ここで笑うと確実に三成様のご機嫌を損ねてしまう 折角の機会なのだから、もう少しこの可愛らしい三成様を楽しませて貰おうと悪戯な思いが巡った 「取り合えず冷やしておけば良いだろう」 「三成様、そのような事は侍女に…」 「私がやる」 桶に張られた冷水に布を浸して絞り始める三成様にさすがに焦って起き上がりかけると、「大人しくしていろ」と一喝されたので渋々床に戻った 「何か食べたい物はないのか」 「食欲は…あまり」 「我侭を言うな、病人なら何か食さねばなるまい」 貴方様がそれを申されますか、と反論しそうになるのを必死に堪えて、何か口に出来そうなものはないかと考える 正直、本当に食欲がない おかゆのような湯気の立つものは気持ち悪いし、かと言って果物のような甘いものも気がひける どうしたものかしらと悩んでいると、襖の向こうから侍女の呼び声がした どうやら噂の薬師が来たようで、内心ほっと安堵の息を零した 「…三成様、薬師も参りましたし、」 「私はここに居る」 「いえ、でも流石に診察の間は…」 「…分かった、終わったら直ぐに呼べ」 薬師が診察の用意をする間も動く気配を見せなかった三成様は、私が戸惑うのを見て渋々部屋を後にされた それにしてもあの御方はここまで過保護だっただろうかと少し苦笑いをしていると、用意を終えたらしい薬師が「仲睦まじいご夫婦で」と囃すものだから途端に恥ずかしくなった 診察は、何ともあっけないものだった 一通り診て貰ったあと、薬師は神妙そうな顔をして「少々お待ちを」と言って席を立ち、少しばかり間を空けて初老の女性を連れて入ってきた 待たされている間、それほど深刻な病なのだろうかとさすがに不安になっていた私も、その女性の姿を見た瞬間「まさか」と思った そして、診察の結果は正にその「まさか」の通りとなった 「なまえ!終わったのか!」 「三成様、その様に慌てられなくともなまえは無事で御座います」 「待たせすぎだ! …それで、一体どこが悪かったんだ」 侍女に呼ばれ、ドタドタと珍しく足音を荒げて部屋に入って来られた三成様は、何故か非常に機嫌が悪そうに柳眉を釣り上がらせていたものの、部屋の中の空気を察してか静かに床の横に腰を下ろされた 「三成様、私は本当に幸せ者で御座います」 「何を…」 「三成様のお子ならきっととても賢くて可愛らしい子になるでしょうし」 「だから何を…っ!ま、まさかなまえ…」 「奥方様の御懐妊おめでとうございます」 産婦のその言葉を皮切りに、部屋中の空気が一気に和らぐ 侍女や近習の者達から「おめでとう御座います」などの言葉が飛び交う中、当の本人であらせられる三成様は、切れ長の目をまん丸にして、半ば放心したように私を凝視されている 「子…私と、なまえのか」 「はい」 「…そう…か、そうか…」 「三成様…?」 少し俯かれた三成様の表情は、長い前髪に覆われて窺う事が出来ない もしかして三成様は子どもがお嫌いなのだろうか、と少し不安に思い床から上半身を起こしてその表情を覗き込もうとした瞬間、ガバっと体が傾いて視界が真っ暗になった それが三成様に抱きすくめられたのだと気付くまでに少し時間を要した 「み、三成様…!」 まさかあの三成様がこんな人前で、さすがに私もこれには羞恥心が悲鳴を上げて抱きすくめられた三成様の肩越しに目が合った侍女に目で必死に助けを求めたけれど、侍女はあんぐり口を開けて放心した状態から我に返るなり、周りの近習達を連れてそそくさと部屋を出て行ってしまった とりあえずこれで人目に晒される事は免れたけれど、この状況は一体どうしたものか もう一度三成様の名前を呼んで、体をゆっくり離そうとしたものの、背に回された腕は固く結ばれていて中々離れようとはしない …これは、喜んで下さっているのかしら 「…なまえ」 「はい」 「これからは、何処に行くのも侍女を連れて歩け 無茶な事は一切するな 無論、箸より重い物は一切持つな」 「…はい」 「…体を、」 抱きすくめられた状態で話される三成様のお声はどこかいつもより少し上ずって聞こえる やはり、喜んで下さっている それは嬉しいけれど、その言葉を聞いて、これからは今まで以上に三成様が過保護になるのではと少々心配にもなってきた 勿論、それが贅沢な心配だという事は百も承知なのだけれど 喜んでいる姿をあまり私に見られたくないのか、それともご自身で未だ気持ちの整理がついていらっしゃらないのか分からないけれど、顔も見せない状態で普段以上に不器用に紡がれる言葉は何よりも優しく耳に響く 「体を大事にしろ、自分の事を第一に考えて過ごせ」 「…では、少々の我侭は許して頂けますか?」 「何だ、言ってみろ」 やっと力が緩められた腕から少し体を離して、三成様のお顔を仰ぎ見る やはりそのお顔は普段より上気していて、目元までほんのり赤くなっている 「もう少し、このままで」 「このまま?」 「今日は、もう少し三成様に甘えて看病して頂きとう御座います」 「…仕様のない奴め」 憎まれ口とは反対に再び私の体を優しく包み込んだ三成様の体を、今度は私も抱き締め返す 徳川様風に言えば、これは新しい絆の生まれた瞬間 夫婦であった私達が、父母という新しい絆を、その証を手にする権利を得た瞬間 生まれる子が男であっても女であっても、三成様はきっと大事にして下さるだろう …でも、あまりにも過保護なのはさすがに困るので、私も三成様を抑えられるくらいしっかりしなくてはと密かに心の中で決意したことは三成様には秘密です 過保護な貴方 「なまえ君、おめでただって?」 「秀吉様!半兵衛様!」 「これは豊臣の威信をかけて盛大に祝わなければならぬな半兵衛よ」 「勿論だよ秀吉!」 「至極恐縮に存じますうううう!!」 「(過保護候補は三成様だけじゃなさそうですね…)」 |