▼焼きもち日和 とある平和な昼下がり 私はいつものように屋敷の縁側で日向ぼっこがてらお茶を頂いていた 今頃旦那様はどうしているだろうとか、今夜はちゃんと夕餉を召し上がって頂けるかしら、とか本当に些細なことをぼんやり考えながら それが、何故か今私の目の前には眉間に皺を寄せ、全身の毛を逆立てた猫のように敵意を露にしている旦那様が仁王立ちしていて そしてその視線の行き着く先である私の隣、来客であり私と共に午後の一時を楽しんでいた徳川様は「参ったなぁ」と小さく呟きながら短く切り揃えられた頭をガシガシと掻いていらっしゃる …さて、これは一体どうしたものかしら 「家康!貴様何故私の屋敷に居る!!」 「いやぁ、ちょっとなまえ殿に会いたくなってな 言っておくが、決して不純な動機じゃないぞ」 「人の妻に無断で会うことのどこが不純でないと言うのだ!」 「まぁまぁ三成様、私は徳川様とお茶を飲んでいただけですよ」 フーッと威嚇する音が聞こえてきそうなくらい殺気だった三成様は、他の人が見れば逃げ出すほど恐ろしいそうなのだけど、私から見れば怒った猫のようにしか見えない 逆毛を立てて爪をむき出しにして、鋭い目で睨んで、本当に猫の様だ そんな姿がどこか可愛らしいなんて、口が裂けても三成様に言えない ともあれ、三成様は少し過剰なほどに過保護なところがあられる 私が他の男性と会うのを酷く嫌われていて、それはご自身の家臣や家康様のような同僚の方も同様で、秀吉様や半兵衛様といった限られた方以外とは私は話をすることすら簡単には許して頂けない それはそれで少し困ったものではあるけれど、それが三成様の可愛らしい「焼きもち」だと気付いてからはむしろ嬉しささえ覚えた …とは言っても、流石にこの過剰反応は頂けない 「大体何故此奴を屋敷に入れた!?」 「三成様のご友人で同僚であらせられる徳川様ですから 妻として御持て成ししなくてはと思ったのです」 「此奴は友人などではない! 持て成しの必要など皆無だ!むしろ追い出せ!」 「まぁ、でも徳川様にお土産まで頂きましたのに 三成様も如何です?お茶、とても美味しいですよ?」 「家康…貴様…土産物まで用意して私の妻を懐柔するつもりか…!」 「まさか!ワシはそんなつもりじゃないぞ三成!」 何だか話はどんどん不穏な方に向かっている もうここまで来るとどうしようもないかしら、と半ば諦めて淹れたお茶が冷えない内にと薫り高い湯気を立たせる湯のみを手に持った 徳川様の地であった三河の辺りは茶葉の産地らしく、徳川様が持ってきて下さったお茶もとても美味しい そう言えば三成様はお茶を淹れるのがとてもお上手だと秀吉様に伺った事がある 今度お願いして淹れて貰おうかしら、と考えていると横に座っていらした徳川様がおもむろに立ち上がられた 「やれやれ、すまないな三成 まさかお前がここまで怒るとは思わなかった ワシはこれで退散させて貰うよ」 「あら、もうお帰りになられるのですか?」 「これ以上ここに居ると三成が抜刀しかねないからなぁ」 「当然だ!帰ると言うならば即座に去れ!」 「ははは、ではまた、なまえ殿」 「はい、お茶葉をありがとうございました」 ひらひらと手を振って去って行かれる徳川様に軽く頭を下げて見送る じっと徳川様を睨み付けておられた三成様は、その姿が完全に見えなくなったのを確認してからじっと私を見下ろした後、先まで徳川様が座っておられた場所に腰を下ろされた 「あれと一体何を話していた」 「何をと申されましても… 今年はお茶の出来が良かったとか、庭の松が綺麗だとか…あとは三成様のお話を少し伺ったくらいです」 「私の話だと?…一体何の話だ」 「ふふ、それは秘密で御座います」 「貴様…夫に対して隠し事をするつもりか」 「まぁ、それは言いがかりです 三成様があまりにもご自身の事を教えて下さらないので、徳川様にお話をして頂いただけですのに」 「…チッ、家康など二度とこの屋敷に踏み入れさせない」 「それは困りましたわねぇ」 三成様はご自身の悪口や陰口に対してはとんと無頓着でいらっしゃる だからこうして私と徳川様の会話を探られる事自体珍しいのだけれど、話す気配の無い私に観念されたのか、珍しくバツの悪そうな顔で舌打ちをした後に小声で「塩を用意させる」とか何とか呟いていらっしゃる 徳川様には悪いけれど、何があっても一方的に私を責め立てたりしないところが三成様のとても優しいところであり、私の自慢であったりする ぶつぶつと恨み言を吐くかのように、何かを呟く三成様がなんだか可笑しくて零れそうになる笑い声を必死に噛み殺していると、それに気付いたのか三成様の呟き声が消えた 「何を笑っている」 「いえ、何も…私は幸せ者だと思いまして」 「何だと?」 「優しい旦那様の元に嫁ぐことが出来て幸せで御座います」 「貴様は…変わり者だ」 あまり焼きもちをやかれるのも少々厄介ではあるけれど、妻を何人持っても許される、むしろそれが当たり前のご時勢に私一人を妻として大事にして、あまつさえ可愛らしい嫉妬すらして下さる三成様の何と慈悲深い事でしょう 言外にその意を籠めて言えば、三成様は何となく察して下さったらしく、少し照れたように顔を背けた後、横目で恨めしげに私を軽く睨まれた それがまた可笑しくて笑みを零すと、三成様は困ったように眉を下げてから体勢を動かして、そのまま私の後ろに座ったかと思うと後ろから私を抱きこむように腕を伸ばされた 「三成様、どうかされましたか?」 「…貴様は変わり者だ 私を優しいなどと言うのは貴様ぐらいのものだ」 「あら、そうですか? それは嬉しいことで御座いますね」 「?何故だ」 「だって、私だけが優しい三成様を独り占めできているという事でしょう?」 「……好きに言っていろ」 後ろから座り抱きされている為に三成様の吐息が耳元を掠めてくすぐったい 私の着物と三成様の羽織越しに、三成様の鼓動の響きが少し感じられる それが早鐘を打っているのに気付いて、途端に私まで鼓動が激しくなる とある平和な昼下がり 熱かったお茶はすっかり冷えてしまっているだろうから、後で三成様にお茶を淹れて頂こう そう思いながら、体に回された焼きもち焼きな旦那様の腕に、自らの腕をそっと絡ませた 焼きもち日和 嫉妬もほどほどに |