▼夕焼け小焼け

「こんなところに居たのか、なまえ」

「三成様、見て下さい西の空の色がとても綺麗です」


大阪城の敷地内に与えられた冶部少輔石田三成様のお屋敷
そこに旦那様と共に住まわせて頂けるようになってもう暫くが経つけれど、この屋敷から見える夕焼けはいつ見ても綺麗だと関心してしまう
暮れ泥む西の空は、朱と紫と東から迫る漆黒とが混ざり合って複雑な光を照らしている


「…なまえは、ここに居る時には夕焼けばかり見ているな」

「はい、とても気に入っているんです
あの辺りの藤色など、三成様の羽織の色の様でとても綺麗」

「…そうか」


今日のお勤めを終えられたのか、三成様はいつもの甲冑姿ではなく普段着の袴姿で、私の視線を辿るように西の空を仰がれた
着流しはあまり好まれないらしく、夜着以外で着物を纏っていらっしゃる姿は見た事がない
お似合いになるのに勿体無い、と思いながら視線を空から三成様に移すと不意に目が合った


「寒くはないのか」

「ここは日当たりがいいですから…でもそろそろ冷えてきますね」

「中に入れ」


すっと障子を開いて自室に入られた三成様のお言葉は、慣れない者が聞けば怒っているのではないかと思ってもおかしくない程ぶっきらぼうだけれど、これがこの御方なりの優しさであり愛情だと分かっている私としては、思わず顔に笑みが浮かんでしまう

腰を上げて三成様のお部屋に入り、そっと障子を閉める
普段は涼しささえ窺わせる三成様の銀髪が夕焼けの赤をそのまま反射して、それはそれは綺麗だと思った


「今日はご機嫌がよろしいのですか?」

「何故そう思う」

「何となく、ですね」

「フン、下らない」


そう言いながらいつもの敷物の上に座られた三成様は、当然の様にその直ぐ横に私用の座布団を置かれた
無言の指示通り三成様の横に座れば、やはり機嫌がよろしいのかその横顔はどことなく笑みを湛えていた


「任されていた仕事が上手く捗った
秀吉様にお褒めの言葉を頂いたのだ」

「まぁ、それは素晴らしいですね
ですがまたご無理をなさったのではないですか?少しお顔色が悪いように見えますが…」


夕焼けの朱に紛れて気付かなかったけれど、間近で見てみれば普段からあまり血色がいいとは言えない肌色に更に磨きがかかっている
この御方は秀吉様や半兵衛様の御為ならば、何夜でも寝ずに仕事をこなす事を普通とする御方だから今回も無理をされたのでは、と心配になってその頬に手を伸ばせば、珍しくその手に寄り添うように頬を寄せて来られた


「秀吉様の御力になれたのだ、疲れなど関係ない…が、今日は少し休む
横になる、枕を貸せ」

「はい、って…三成様?」


珍しく素直に甘えてこられた三成様に驚きながら、枕を出す為に立ち上がろうとしたところへ、三成様が横に倒れこんでこられた
正座の私の太腿に頭を乗せて横になった三成様は、「暫くこれで休ませろ」と言ってゆっくり瞼を閉じられた

本当に珍しい
滅多に人に弱みを見せられない三成様が、妻とは言え赤の他人の前でこんな姿を晒されるなんて、本当に疲れていらっしゃるに違いない

無防備なそのお顔に掛る髪をそっと指先で払えば、くすぐったそうに少し身じろぎする三成様は、まるで幼子の様で思わず笑みが零れる
戦場でこの御方がどれだけ恐ろしいと言われているか知らない訳ではないけれど、私の知る三成様は凶王などといった恐ろしいものではなく、ただの頑張り屋の素直な男性だ


「あまり無理をし過ぎないで下さいね」


三成様の髪を撫でながらそっと呟いた願いに応えるように、三成様の手が髪を梳いていない方の私の手をそっと握った

暖かいその手に安堵しながら、この手であの刀を振りかざしていらっしゃると思うと、何だか少し切なくも感じる
その気配を敏感に察知したのか、三成様は薄く瞼を開いて握っていた私の手を自らの口元へ置かれた


「三成様?」

「…なまえ、あまり余計な事は考えるな
貴様の心情は直ぐ表に出る」

「それは…申し訳御座いません」

「謝るな
…なまえは、ただ私の側に居ればいい
私は貴様にそれ以外何も望まん」

「…勿体無きお言葉で」


私が薄く笑んだのを確認されると、三成様は再び瞼を下ろされた

貴方様にこの存在を望んで頂けることほど光栄な事はない
その思いを込めて握られた手をそっと握り返せば、三成様の口元が微かに緩んだ気がした





夕焼け小焼け
とある夫婦の夕暮れ時