▼blessed life 「…だからここは、thatの関係代名詞ではなくこっちの関係副詞を使うのが正しい」 「あ、なるほど! 三成君ってすごいね、理系なのに英語も出来るんだ」 「貴様が文系の割に出来ないだけだ」 「そ、それはごもっともです…」 雲ひとつ無い青空が広がる8月 夏休み真っ盛りでほとんど人が居ない大学のテラスで、私は三成君と隣り合って課題をしている 研究室まで三成君に会いに行ったあの日以来、私達はほぼ毎日と言っていいほど会っては話をして、こうして穏やかな時間を共有してきた あの時は、ただ三成君に会いたかったという思いを告げただけだったけれど、どうやら三成君はそれを私なりの告白だと思ったらしく、私達は今では友人を通り越して恋人同士の関係にまで発展した 女が男に会いたいと言って会いに来て、男が女に側に居たいと言ったのだからそれが当然ではあるのかも知れないけれど、何だかあまりにも展開が急すぎて、私は今でも少し…いやかなりドキドキしてしまう それまで「石田君」と呼んでいた私に、「私の事は名で呼べ」と言われた時も、はっきりと「三成君」と呼ぶのに慣れるまでかなり時間が掛ったくらいだ そんな私の事を馬鹿にするでもなく、三成君は私が慣れるまでちゃんと待ってくれた 基本的に少しせっかちな所があるように見える三成くんのそういう気遣いは、私にとってとても嬉しいもので、私に合わせようとしてくれる三成君の優しさが、私の恋心に更に火を点けていく 「まだ何か分からない所があるのか」 「うーん、もう無いかな 三成君のお陰だよ、ありがとう」 英語のテキストには三成君に教えてもらったメモがたくさん書き込まれている これならさすがの私でも、あとは自力で何とかできると思って三成くんに笑顔を向けると、三成君は不意に少し顔を逸らせて「礼を言われる筋合いは無い」と小さく呟いた 最近気付いたけれど、こういう態度を取る時の三成君は少し照れているらしい あまりジロジロ見ると怒られるけれど、ちょっと注意深く見れば、ほんのり赤く染まった頬が銀の髪の隙間から見え隠れしたりする 笑ったり喜んだりという感情をあまり見せてくれない三成君の、こういうちょっとした感情の変化を見抜くのも彼との付き合いの中での楽しみだったり そんな事を言えば三成君はきっと怒るから絶対に言わないけれど 「三成君、私やっぱり三成君と一緒にいると楽しいよ」 「…急に何だ」 「んー、何って言われると特に何でもないけど でも、ずっとこんな時間が続けばいいのになぁと思って」 まだ三成君の名前も知らなかった時 彼の深淵の闇を持った目が怖いと思った けれど、不思議な事に彼自身に嫌悪感を抱いたことは一度も無かった 普通なら、怖いとか気味が悪いとか思ってもおかしくないのに もし、あの目で私を見てきた相手が石田君じゃなかったら、それでも私は怖いとも何とも思わなかっただろうか 三成君と知り合って、少しだけど同じ時間を共有するようになって、本当にいつの間にか私は三成君を好きになっていた それは「恋に落ちる」という感覚からくる感情ではなくて、むしろ私は三成君を好きになるのが当然だったかのように自然にふわりと芽生えた感情 今でもそう感じている 運命という言葉を安易に信じている訳ではないけれど、私は三成君と出会う為に生まれてきたんじゃないだろうかと錯覚するほどに、三成君の存在が自然に私の生活に溶け込んでいく 恋人同士になって以来、三成君の目からあの深淵の色は消えていった 何か重いものを背負っているように見えたその姿も、今はない 代わりに彼の目に見えるようになったのは、私の中に点る火のように、燃えるような暖かい色 ほら、こんな風に… 「なまえが望むまでもない、私は一度この手に掴んだものは離さない主義だ」 「そ、それは光栄です…」 「…もう二度と、だ」 「え?何か言った?」 「何でもない それより貴様、先の言葉の意味の重大さを分かって言っているのか」 「へ?重大さって?」 「「ずっと」ならば、この先10年後、20年後もという意味だろう」 「あ、そ、そうだね…」 「式は和式、家は一戸建てだ」 「へ?そ、それってもしかして…」 「近い将来の事ならば前もって計画立てておくに越した事はないだろう」 あっけらかんと言ってのける三成君に対して、私は自分で自分の顔が真っ赤になっていると分かるほどに体温が急上昇していた だって、それはまるで…結婚の話で まだ知り合って半年も経たない、恋人同士になってからはまだ一月も経ってないのに、いくらなんでも気が早すぎませんか…とは、真剣な表情の三成君にとても言えないけれど これじゃまるで巷で言うところのバカップルそのもの だけどどう見ても三成君は真面目に考えている 心のどこかでまんざらでもないと思ってしまっている私も、ちょっとおかしいのかもしれないけれど 「なまえ、」 「ん?何?」 「やはり貴様が思うようにしろ、貴様の好きなようにすればいい」 「…披露宴でゴンドラに乗って登場とか家の内装が凄い乙女趣味とかでも?」 「……検討しておく」 少しイタズラに無理そうな提案をしてみれば、流石の三成くんも難しい顔をしてしまった それでも一刀両断にされないところからして、私が三成君を好きなのと同じくらい三成君も私を好きでいてくれているのかもしれない、とちょっと嬉しくなった 至極真面目な顔で悩み始める三成君に「冗談だよ」と笑いを堪えながら言えば、彼は少しムスッとした顔をした 「私に冗談など言ってただで済むと思っているのか」 「ごめんって…み、三成君?」 気付けば後頭部に三成君の手が回されていて、半強制的に横を向かされた私の真正面には何だか少し悪い顔をした三成君 そんな顔も出来るんだね、なんて心の隅で思ったけれど言葉にはできない だって反対の手が今度は背中に回されてぐっと距離を縮められてしまえば…何だかこれはすごく身の危険を感じる 「み、三成君、ここ!大学のテラスだよ!!」 「知っている だが誰も居ない」 「え?ほ…本当だ」 目線を辺りに彷徨わせてみれど周辺には人っ子一人居ない 確かに夏休み中で大学に来る人なんて限られているけれど、まさか私達ふたりきりになっているとは思わなかった 「確認は終わったか?」という囁きにも似た低い声が耳元を掠めたと思った瞬間、驚きに開きかけた口は三成くんのそれによってあっという間に塞がれてしまった ただ側に居ることが、ただ触れ合うことが そこに貴方が居ることがこんなに愛しいと思える理由なんて分からないけれど でも、本当に切に願う 貴方がここに居る、この日常の幸せが末長く続くことを blessede life 君と、生きる幸せを あとがき |