▼missing you 前にも一度来た理工学部の研究棟 あの時は階段で石田君を見つけられたから、研究室には行ってなかった 竹中先生に教えてもらった室番号の札のドアの前に立ち、その札の下に確かに「竹中」と「石田」の名前を確認してから大きく深呼吸をした まるで面接前の学生のようだと何だか自分を可笑しく思いながら、腕を伸ばして白いドアをコンコン、と2回ノックした 「はい」 室内から聞こえてきた声は、確かに石田君の声だった 静かに響くその声を聞くのが久しぶりで、まだ会ってもいないというのに少し心が波立った 「失礼します」 なるべく落ち着いた声でそう呼びかけてからそっとドアを開けると、丁度入り口から正面の席に座っていた石田君が驚きを露にした表情でこちらを振り返っていた 「急に来ちゃって、ごめんなさい」 「何故…此処に来た…」 「うん、まぁ…色々あったんだけど、一番の理由は石田君に会いたかったから、かな」 パタンとドアを閉めて少し石田君に歩み寄ると、石田君はまだ目を丸くして座ったまま、私を見上げるような形で凝視している 「私に…?」 「うん あの植物園の時から大学でも全然見かけなくなったし、お店にも来てくれなくなったから…何かあったのかと思って」 「…何も無い」 「じゃあ、どうして? どうして急に…会えなくなっちゃったの?」 「…」 私の問いに、石田君は初めて気まずそうに、心苦しそうに、目を逸らした 彼の膝の上に置かれた拳は固く結ばれていて、その表情もどこか苦痛に歪んでいる やっぱり石田君は私に会うのが辛かったんだろうか でも、あの時まではずっと仲良くできてたのに、急にどうして 石田君の中で何があって、私と過ごす時間が苦痛になってしまったんだろうか それがどうしても知りたかった 黙り込む石田君の言葉を待つように、私もその場に立ったままじっと石田君を見つめていた どの位そんな時間が流れただろう、不意に石田君が重い口を開いた 「…何も、無い ただ、自分の罪に耐えられなくなっただけだ」 「石田君の罪…?」 「私は、貴様を不幸にはしたくない だが、どうすればいいのか分からん…! このまま私と共に居ては、なまえが辛い思いをする…そう思った」 斜め下の虚空を睨むように、何かを吐き出すように言う石田君の背には、何かとてつもなく巨大で重いものが圧し掛かっているように見えた 石田君の罪 それが何なのか私は知らない でも、その罪は私を不幸にするものみたいだ 私にはよく分からないよ、石田君 でもね、石田君がひとつ間違ってる事だけは分かる だって、私は貴方が居ない間が一番苦しかったんだから 「石田君の…ばか…」 「な…!?」 「私、石田君に嫌われたのかと思って…すごく不安で悲しかったんだから どうして、私が不幸になるなんて思うの?私、石田君と一緒に居てずっと楽しかったよ… 石田君が、居なくなったことの方が、ずっと、ずっと辛かった…」 やっと私を見てくれた石田君の姿が滲んで見える 石田君が私を嫌っていた訳じゃないという安堵と、今まで耐えていた不安とか寂しさが一気にこみ上げてきて、目からぽろぽろと涙として溢れ出ていく こんな風にいきなり訪ねて来ていきなり泣くなんて、どう考えても迷惑な女だ これで石田君に嫌われたっておかしくない そう思って目元を手で拭おうとしたら、私の手ではない、大きくて少し冷たい手が私の頬を伝う涙をそっと拭った 「泣くな、私は女を泣き止ませる方法など知らん」 「だって、石田君が、」 「…私は、なまえの側に居てもいいのか」 「いいのか、じゃなくて… 側に、居て…もう何処にも行かないで…」 「なまえ…」 頬に触れていた手が離れたのと同時に、目の前が真っ暗になった ぎゅ、と音がするんじゃないかと思うぐらい強く私を抱き締めた石田君の体温は凄く暖かかった まるで私に縋るように、何かを確かめるように「なまえ、なまえ…」と呟く石田君に応えたくて、必死に腕を石田君の背に回すと、更に強く抱き締められた きっと、石田君は石田君にしか分からない何か大きな物を抱えているんだと思う それが石田君を不安にさせて、更には私との繋がりすら消してしまいたくなるほどに苦しめたんだろう それが一体何なのか、私には解らないけれど それでもこうして彼が私を必要としてくれるのなら、それで少しでも彼がその重荷を下ろす事が出来るのなら、私は何も教えてもらわなくてもいい ただ、石田君の側に居たい それだけが、私の気持ちだから 「なまえ、私は…」 「ん?」 少し身体が離れて、石田君が私を覗き込む 何か伝えようとする彼の表情は、もう苦痛に歪んではいなかった 「私は、」 missing you あなたに、会いたくて ← |