理科室という場所ほど色気のない場所は他にないと思う
太郎君と特に意味も無い名前をつけられた人体模型や、何で笑っている様に見えるのか不思議でたまらない骨格模型
薄暗い雰囲気だけは何処となく妖しい雰囲気を漂わせているけれど、色恋沙汰にはよほど縁のない奇妙な空気を漂わせている
ここが大々的に舞台になるとしたら、間違いなく恋愛映画ではなくホラー映画だろう

あぁ、そう考えると今の私の状況はベストコンディションなのかもしれない
半ば現実逃避しながらぼんやりと眺めた先に立つ色白の少年は、この薄暗い空間の中で異様に浮き上がって見えた



「私と交際しろ」



その言葉を聞いたのは多分3分ほど前
つまり私の思考回路がショートしてからもう3分経った訳だ

こうさい?高裁?公債?虹彩?
「こうさい」という言葉から浮かび上がった日本語をさっきの言葉に当てはめてみるけれど、どれも「しろ」という動詞とは結びつかない
あれぇ?おかしいなぁなんて思っている内に、痺れを切らせたのか色白の少年…もとい石田君は眉間に皺を寄せて露骨に怪訝な顔をした


「聞こえなかったのか?聞こえていたのなら返事をしろ」

「聞こえたと思うんだけど、意味がイマイチよく把握できなくて、」

「…貴様は馬鹿か
私と、男女交際の契りを結べと言っている」

「だんじょ、こうさい…」

あぁ、やっぱりそういう意味でしたか
いや本当は分かってたけど、分かりたくなかったというか何というか

どうしてこうなったのか今の私には理解できない
石田君は確かに少し変わった人だ
見ず知らずの私が裏庭で眠りこけているところにカーディガンを掛けてくれる王子的一面を持っているのかと思えば、口癖と言われている言葉はどう考えてもジェイソン
あの毛利先輩の冷たい視線に物怖じしない勇者っぷりを発揮したかと思えば、だらしない私を小声で馬鹿にする非道い性格
クラスメイトで、後ろの席の男の子
それも昨日クラスメイトになったばかりの関係だ

それがどうしてか、昼休みになった瞬間「話がある」と腕を掴まれ拉致されて、何故か理科室に連れ込まれた上にさっきの言葉
男女交際の契りって…いや流石に分かるけど、分かるけどね?
どう考えても色々吹っ飛ばしすぎでしょうが!!


「あ、あの…石田君?
ちょっと冷静になろうか?
男女交際ってアレだよね?お付き合い的なさ、彼氏彼女になって学園ラブコメディ的な?
こう…ふわふわした空気とか漂わせちゃったりとかイチャイチャって擬態語使いまくる感じのアレだよね?」

「そうだ、それがどうした」

「いや…そういうのって一般的にもっと色々ドラマがあってから然るべき手順を踏んで交わされるべきなんじゃないのかなぁって…
そうじゃないと小説的にも連載終わっちゃうじゃん最初からクライマックスじゃん、作者やる気だせよって感じになっちゃうよ?」

「…何の話だ」


ん?何の話だっけ?
後半何を話したのかよく覚えていないけれど、とにかく私の言っている事は間違ってはいないはず
だっておかしいじゃない、昨日今日知り合って一言二言交わしただけの男女がいきなりチョメチョメな関係になっちゃうなんて、そんなだから「最近の若い子は進んでるわねー」なんて言われるんだ

正論を言っているのは私の筈なんだけど、どうしてか凄くドキドキする、不整脈かな
石田君の私を見る目はまるで水晶みたいに曇りがない
その目だけで、この人は嘘を言っているんじゃないんだって事が分かる
だけどこの場合、本心であれば本心であるほど困るのだ


「…私とそういう関係になるのが嫌だということか?」

「い、嫌とまでは言わないけど…
そうだね、ありきたりな言葉で言うならお友達からなら…ってやつかなぁ」


いや本当は嫌なんだけど
でも石田君の鋭い目が一瞬揺らいだ様に見えて、「嫌」だなんて全否定する言葉はとても言えなかった

乾いた笑いで場を誤魔化そうとする私とは正反対に、石田君は少し目を逸らして何か思案する素振りを見せた後、音もなく一歩を踏み出して私に近づいた


「仕方あるまい、今はそれで許してやろう」

「へ?今のって…お友達からってやつ?」

「そうだ、本来なら友など下らん温い関係は好かんが、貴様がそれを望むのなら受け入れてやる」


えっと、状況整理してみようか

石田君が友達になりました
え?こういうこと?うん、そうだよね?
それで何で石田君はこんなに上から目線なのかな?友達ってこんなに上下関係のある間柄でしたっけ?

未だ呆けたままの私にもう一歩近づいた石田君は、いつも怖いくらいに真っ直ぐな目をどこか愉しそうに細めると、私の前髪をそっと掬って、そのまま、額、に…


「え、ちょっ…な、な、な、」

「「友達」なのだろう、場所は弁えたつもりだ、反論は許さない」

「な、何を…」


すっと、私の横をすり抜けてスタスタと理科室から出て行ってしまった石田君の背を追う事すらできない
今にもその場にへたりこんでしまいそうだ
そっと、自分の額に掌を当ててみると、石田君の唇が触れたそこは幾分か熱くなっている様に思えた

そう言えば、何かの本で読んだ事があるかもしれない
される場所によってキスの意味が変わるというその本では「額へのキスは友情のキス」と記されていた


「友達」だからって、そういう意味か…
理解したのと同時に、自分がえらく面倒な事にまた巻き込まれてしまった事に今さら気付いた
カーディガンの時の「面倒」とは全然レベルが違う
コイキングとギャラドスぐらい違う
だって、あの、石田君と晴れてお友達になってしまったのだ
それも「男女交際」が前提のお友達…


もしあのキスが彼なりの友情の示しだとしたら私は明日あたり不整脈で死んでしまうかもしれない、そう思える程に高鳴る心臓の意味なんて、私にはよく理解できなかった













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