春もうららかな新学期の授業1日目
春の陽気にお似合いの希望に溢れた新入生達が行きかう昇降口で、私は北極熊も真っ青なぐらいの冷気に包まれています


「あ、の…貴方が石田三成様ですか?」

「…そうだが」

やっぱりね、もう見た瞬間分かったよ
昨日家に帰ってから晴久に教えられたジェイソン石田の特徴は、銀髪に逆三角の鋭利な前髪
オイオイどんだけ刃物好きなんだよジェイソンって爆笑したのが祟ったのか、私は登校して間もなくそのジェイソン石田を発見してしまい、あろうことかジェイソン石田は私と目が合った瞬間こちらへツカツカ歩み寄ってきたのである
そして斬滅される前に本人確認をしたところ、返ってきたのは悲しいかな肯定の言葉だった

「お、同じクラスだよね…私は、」

「尼子なまえ、だろう」

「まぁよくご存知で」

「…貴様さっきから口調がおかしくないか」

いやもうそりゃジェイソン様を目の前に緊張するなという方が無理なお話でして
予想外にも私のことを知っていたジェイソンもとい石田三成君は、少し怪訝な顔をして私をじっと見下ろしている
って言うかこの人何で私のところに来たんだろう…それより私こそこれは絶好のチャンスなんじゃないだろうか、あの謎のカーディガンの事を聞かなきゃ

「あの、ほぼあり得ないって言うか万が一って言うか、日本からブラジルまで30分で行けるようになるぐらいインポッシブルな話だって分かってるんだけど、これ石田くんのだったりしないよね?違うよね?」


途中で自分でも何を言ってるのか分からなくなるくらい早口で意味不明なことを捲くし立てたけど、取り敢えず主旨である「このカーディガンは貴方のものじゃないですよね?」は伝わったはず、あとは彼が「NO」と言えば全てが平和に終わる
この世界にまたうららかな春が返ってくるんだ


「そうだ、名が書いてあっただろう」


ソーダ?
いやまだソーダ水が恋しくなるには季節が早くないでしょうか

一瞬本気でそんな事を考えてしまう程に私の思考回路はショートしてしまったらしい
数秒の間をおいてさっきの「そうだ」が「ソーダ水」の「そうだ」ではなくて肯定の意味を表す「そうだ」だと分かった時には、私の中でキャサリンがジェイソンの餌食となっていた

「ええええええええええ!?
こ、これ、石田君の?え、嘘、何で、」

「嘘も何も私のものだ
昨日無様に裏庭で眠り呆けていた貴様の上にかけた私の上着だ」

「な、なんでそんな、」

「オイ、何してんだなまえ」

どうしてラブロマンス映画みたいな展開を、どう考えてもハリウッドホラーな貴方がするのですか、と訊こうとすると、横から救世主が現れた


「…尼子か」

「ん?あぁ石田か…なまえ、昨日の事訊いたのか?」

「う、うん…やっぱりこの石田くんのだって…」

「何だと!?
…石田お前いい度胸してんじゃねぇか」

晴久もまさか本当にこの石田くんの物だとは思ってなかったみたいで、一瞬思いっきり顔を引き攣らせて驚いた後、思いっきりドスの利いた声で石田君を威嚇した

「貴様に用などない」

「俺があるんだよ!なまえに用があるんならまず俺を通せ」

「は、晴久…」

さすがに昇降口で斬首とか朝からキツイよ、と言おうとして晴久の袖をぎゅっと握れば晴久は「俺に任せとけ」と言わんばかりの笑顔で私の頭を撫でた
任せるも何も無理だよ、だって相手はジェイソンだもの

「…下らん、」

「!お、オイ石田!!」

完全に戦闘態勢に入った晴久を軽くあしらう様に、石田君は踵を返して去って行ってしまった


一体何だったんだ、と二人して茫然としていると、あちらこちらから友人達の「おはよー」という爽やかな声が聞こえてきて我に返った

「な、何だったんだろうね…」

「よく分からねぇが…気をつけろよ、お前石田と同じクラスなんだろ」

「あ、そっか…」

「っつーか、お前…もしかしなくても石田と席近いんじゃねぇのか?」

「は…」

「お前の苗字が「尼子」であいつが「石田」なんだからよ…「安藤」さんでも入らない限り確実に席が前後…」

「安藤さんんんんんんん!!」

いや待てそれはない、もしそうだとしたら昨日の内に気付いている筈
そう思って再びクラス名簿を鞄から引っ張り出すと、昨日見た通り男子の名簿1番が石田三成、女子の名簿1番が尼子なまえ…と言う事はこのままだと石田君が私の後ろの席になるけど、女子の2番が「あまご」より後ろで「いしだ」より前になる安藤さんなら…まだ救われる可能性が…


「うわああああ宇喜多さんんんん」

「落ち着け、宇喜多さんに罪はねぇ」

私の希望の星だった安藤さんの文字はそこになく、あったのは宇喜多さんの名前だった
それより何で私昨日気付かなかったんだろう、あんな前頭部に凶器を引っさげた男子が後ろに座ってるなんてちっとも気付かなかった…

「どうせ教室でも寝てたんだろ?」

「その通りです」

あぁ、本当に私の馬鹿
この春の陽気に誘われてどこでも寝てしまっていた過去の自分を祟りたい
これは罰でしょうか神様


「まぁとにかく気をつけろよ、何かあったらお兄ちゃんを呼べ」

「うん、すごくありがたい言葉だけど、格好つける時だけ自分の事お兄ちゃんって言うのやめて、気持ち悪い何かを感じるから」

「オイそんな酷い事言うとお兄ちゃん埋まるぞ?」

「鳥取で永久に埋まってろ馬鹿兄貴」



もう馬鹿の相手はしてられない
私は意を決してジェイソンが待ち構える恐怖の2年1組へと向かうべくその第一歩を踏み出した




―この第一歩が、私のとんでもない青春の始まりになるだなんてこの時の私には知る由も無かった








01 桜、舞い落ちて




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