「やっぱりすごい並んでるね、ちゃんと買えるかなぁ…」 「さぁな」 「…石田君、それ持つよ? 石田君は食べないんだし、何だか悪いし」 「気にする必要はない」 「そうならいいけどさ…」 只今お昼の2時 天候うららかな土曜日の昼下がりに、私は石田君と一緒にバウムクーヘンを目指して行列に並んでいた そもそも今日は行列スイーツを食べつくそう!というのがコンセプトだったから、それぞれ散り散りになって各人気行列店に行ってそれぞれのターゲットを確保する予定だった だから私は内心、まだどこか怖い石田君と一緒に行動しなくて済むと思って油断していた それなのに石田君は早々と、課せられたターゲットであるたい焼きとシュークリームの箱を持って私の持ち場へと颯爽と現れてしまった 石田君曰く、行列に並んで少しすると見る見る前に並んでいた人が順番を譲ってくれたのだそうな どうしてそんな現象になったのか最初は不思議に思ったけれど、こちらに来てから中々進まない行列にイライラしている石田君を見て、そりゃこんな人が後ろに並んでたら順番譲りたくもなるよね、と一般市民の皆様に同情してしまった 「石田君は、甘いものとか普段食べるの?」 「好んでは食べん」 「…私は、やっぱりお付き合いする人とは一緒に甘い物食べたりしたいなぁ」 かまを掛けてみた 本当は別に自分の恋人が甘い者嫌いでも構わないのだけど、私と恋人になりたいなんてトンデモ発言をする石田君が一体どこまで本気なのか知りたくて、少しイジワルをしてみたのだ そっと横に並ぶ長身の石田君を見遣れば、彼はじっと私を見下ろしていた その目は特に焦りの色も怒りの色も浮かべていなくて、実に冷静極まりない 一体何を考えているんだろうと少し不安になって首を傾げると、石田君はしれっとした顔のまま口を開いた 「ならば食べればいいだろう 貴様がどうしてもと言うならば付き合ってやらなくもない」 「へ? で、でも石田君って甘い物苦手なんじゃ、」 「苦手とは言っていない、好んで食べんだけだ」 「……それって、私の為に?」 「何を今更 此処で無駄な戯れに時間を費やしているのも貴様の為だろう」 どうしてそんな冷静な態度でそんな事が言えるのか 格好をつけている訳でも、何も考えていない訳でもない石田君の至極「素」なリアクションに、私はどう反応したらいいのかさっぱり分からない そもそもどうして石田君がそこまで私に執着するのかも分からない だから未だに私は石田君の私に対する行動全てがドッキリ企画か何かの一端で、その内誰かが「チャッチャラー」という妙に腹が立つ音楽と共に「ドッキリ」の看板を持ってニヤニヤしながら登場するんじゃないかとさえ思っている(さすがにそれはねーよと晴久に言われたけれど) ともかく石田君は謎に溢れている どうしてジェイソンは13日の金曜なのかとか…っていやいやそうじゃなかった、どうしてそんなに私に執着するのか 聞きたいけど…聞いてもいいのかな…? 「ねぇ、石田く、」 「オイ、貴様の番だぞ、早く注文しろ」 「え、あ、もう?」 勇気を振り絞ってその理由を聞こうとした瞬間、いつの間にか私達は行列の最前に居て、可愛らしい店員さんが営業スマイルで「いらっしゃいませ」と声を掛けてくれていた いつの間にそんなに進んだのかと不思議に思ったけれど、石田君のオーラがハンパなく怖かった事を思い出して、一人で納得した 「じゃあ、この特上バウム2箱お願いします」 「はい、ありがとうございます」 美味しそうな甘い匂いを漂わせるバウムクーヘンを目の前に少しうっとりしながら、お金を払って商品を受け取ると、買っている最中は人ごみから少し離れたところに居た石田君がスタスタとこちらへ戻ってきた 「貸せ」 「え?でも石田君シュークリームとたい焼き持ってもらってるし、いいよ これくらい自分で持てるから」 私の方へ歩み寄ってきた石田君は、私の目の前に立つなり手を伸ばして私の手に提げられている紙袋を自分に渡すよう要求してきた けれど石田君は既に戦利品のシュークリームとたい焼きが入った箱を持っているし、ここでバウムクーヘンまで持って貰ったりしたら、まるで私が石田君をパシリにしてるみたいになる 晴久ならまだしも、石田君にそんな事はさせられない、そう思って極力笑顔で控えめに断ると、何故か石田君はあからさまにムッと顔を強張らせた 「いいから貸せと言っている」 「いやいや、いいって」 「口答えをするな!いいから私に貸せ!」 「なっ…!何でそこで怒鳴られなきゃいけない訳!?いいって言ってるでしょ!」 しまった、と思った 石田君があんまりにも理不尽な事で大きな声を出すものだから、私までムキになって大きな声で怒鳴ってしまった 今まで石田君には恐怖心を抱いていたから、こんな風に石田君に対して直接的に怒りを露にしたことなんてなかったのに あぁ、どうしよう やってしまいました尼子なまえ…スイーツ片手に斬滅されるなんて…いや、ある意味本望かもしれないけれどせめて一口ぐらい齧らせて下さい そんな下らない事も考えつつ、死の覚悟と恐怖に追い詰められながらそっと石田君の顔を窺い見れば、そこには意外にも目を丸くして当惑している石田君の少し間抜けな顔があった 「い、石田君…?」 「っ! い、いいから貸せと言っている、さっさと集合場所へ向かうぞ!」 「あっ、ちょ、ちょっと石田君!」 そう言って無理矢理私の手からバウムクーヘンの入った紙袋をひったくり、そのまま踵を返してスタスタと歩き出してしまった石田君に、今度は私が当惑する番だった 取りあえず首が繋がっていることを喜ぶべきなのかと思いながら、先を歩く石田君に追いつこうと小走りでその真っ直ぐな背を追った 私が横に並ぶと石田君は、チラと横目で私の姿を確認してからまた前に向き直って黙ったままやや早足でそのまま歩を進めた 何だか変な空気だ 私から見える横顔からは、その表情が示す感情があまり読み取れないけれど、今までの経験から言って石田君は怒りを抱いている人間と一緒に歩くほど寛大な人じゃない だからきっと、怒ってはいないんだとは思う それにしてもさっきのあの強硬な態度と言い、今のこの無言状態と言い、石田君と一緒に居ると本当に疲れる 私が今まで出会ってきた人のどのタイプにも当てはまらない、何だかむしろ人間じゃないといってくれた方が付き合いやすいんじゃないかと思うくらい変わった人だ 晴久のシスコンとか毛利先輩の女王様っぷりもかなり迷惑だけど、石田君の比じゃない 「…オイ、なまえ」 「へっ!?な、何?」 「…待ち合わせ場所は何処だ」 「え、石田君…場所分かってないのに歩いてたの そう言えばこっち、待ち合わせ場所と逆の方角だし…」 「き、貴様が何も言わんかったからだろうが!」 「えええ、私が悪いの!?」 勝手に一人で歩き出しておいて、私がの所為にするなんてあんまりだ 取り合えず今度は私が数歩先を歩いて、石田君について来てもらう事にしたけど、ちょっと振り返って見た石田君の頬は薄っすらと赤くなっていた もしかして怒ってるんだろうか、それとも道を間違って恥ずかしかったとか? よく分からないけどとにかく何だか気まずい空気は継続中で 私は一秒でも早く幸村君達とスイーツが待つ待ち合わせ場所に着きたいという一心で、いつもなら考えられない程、というかコレって競歩なんじゃないかと思うほどの速さで歩き続けた ・・・・・・・・・・ 「おお、なまえ殿!石田殿!こっちでござるよ!」 「遅かったじゃねぇかなまえ!石田に何かされなかったか!?」 「ちょっ、シスコンの旦那危ない!ペットボトル倒れるでしょ!!」 待ち合わせ場所の公園の芝生の一角には、既に愉快な仲間達もといお母んとわんころとシスコンがシートを広げて待っていた 私と石田君が並んで歩いているのを見つけた途端、膝もとのペットボトルの存在を忘れて立ち上がろうとした晴久を、猿飛先輩が必死で押さえつけている と言うか猿飛先輩、シスコンの旦那って呼び方はさすがにどうかと思います シートの上に座った私の右横には当然のように石田君が座り、左隣には晴久が座っている そして私達3人の向かいに幸村君と猿飛先輩 …できれば私は猿飛先輩の隣が良かった、この位置じゃ何かあった時色々ヤバイ気がする 一抹の不安を抱えながらも、幸村君達が脇に置いていた包みを取り出したのを見た瞬間、私のテンションは一気に上がった 「うわ、すごい!みんなちゃんとゲットできたんだね!」 「当然でござる!甘味にかけるこの熱き思いは誰にも邪魔出来ませぬ!」 「それで、なまえちゃんと石田の旦那は?」 「ちゃんとゲットできたよ!」 ほら!と言って石田君の方を指差せば、石田君は面倒くさそうに荷物をシートの上に置いて、中身を広げた プリン、チーズケーキ、大福、たい焼き、シュークリーム、バウムクーヘン…よりどりみどりのスイーツを前に、幸村君と私はもはやかすがも真っ青なくらいヘブン状態だ やばい、この4月からの災難続きな日々の事なんて最早どうでも良くなるくらい今が幸せです神様ありがとう、私生きててよかった 「じゃあさっそくいただきまーす!」 「うむ、頂戴致す!」 今目の前にスイーツがある幸せを感謝しながら、自分がゲットしたバウムクーヘンから順に少しずつ味わっていく やばい、甘い、美味しい、幸せ そんな言葉を呟きながら食べる私と、まるで食べ盛りの仔犬のように嬉しそうにガツガツと食べる幸村君を見て、晴久と猿飛先輩が苦笑していた 猿飛先輩も晴久も、普段はあまり食べないらしいけど、今日は付き合いという形で(私と幸村君の分量に比べればほんの僅かだけど)食べている そう言えば(自分とスイーツの事でいっぱいいっぱいだったけど)石田君はどうしてるんだろう、そう思ってたい焼きを齧りながら石田君の方を窺うと、以外にも彼はほんの僅かな欠片のようなバウムクーヘンを口に運んでいた 私の視線につられて石田君を見たらしい猿飛先輩も驚いたのか目を丸くした 「へぇ、石田の旦那も甘い物食べるんだ」 「普段は食べん、だがそこの女が私も食べろと煩いから仕方なくだ」 「え!?私食べろなんて言ってないよ!」 「何を今更 自分の恋人になる人間と一緒に甘い物が食べたいと言っただろう」 「そ、それは…確かに言ったけど…」 確かにそんな事を言ったけど、でもそれが石田君だとは言ってない 石田君の中では既に私は石田君の恋人という位置づけになっているらしい、え?何ソレこの間の「お友達宣言」は何処言ったの?暫く更新してない間に設定忘れてんじゃないの管理人! どう返していいものか分からず、思わず食も止まって俯いてしまう だって何でだろう、ちょっと、ちょっと嬉しいとか思ってなくもない気もしなくないような気がするようなしないような、なんだろう本当に 分からない、けど何だかこそばゆい そんな風に、まるで鋭利な凶器みたいな鋭さで好意を示されても、私には対抗できるような武器がない 「なまえ、」 「ほへ?っ…ひゃ!?」 石田君が私の名前を呼ぶ声が聞こえて反射的に右の方に顔を上げると、石田君の綺麗な指が目前にあって、「ヤバイ目潰しされる!!」と思ってギュッと目をつぶった瞬間、その指先が私の頬を掠めた 「間抜けが、頬にクリームがついていた」 「あ、ご、ごめ…今ティッシュ出すから、」 「ティッシュ?もう拭ったから要らんだろう」 「え?だってその指……っ!!」 「…これは少し甘すぎる」 石田君の指先に着いていたクリームは、石田君がそれをペロリと舐め取る事によってティッシュ要らずで処理されてしまった ちょっと落ち着いて整理しよう 私の頬に着いてたクリーム ↓ 石田君の指がゲット ↓ 石田君がそれを舐める ↓ なんかエロいと思った私←今ここ 「なっ、なっ…」 「破廉恥でござるううう!!」 「ちょっ、旦那うるさい!!」 「石田ぁああ!テメェ今何しやがった!? なまえの柔らかい頬に触った上そのクリームを食べるとかお前ぇええ!覚悟しやがれ!!」 真っ赤になっている私を差し置いて、お決まりの台詞を高々と叫んだ幸村くんを筆頭にその場は一気に盛り上がってしまった 晴久は私を乗り越えて石田君に掴みかかろうとしてるし、石田君は「黙れ、離せ、消えろ」とか何だか物騒なこと言って晴久とタイマン張ってるし、あわあわする幸村くんを猿飛先輩が必死に抑え付けてるわで、もうこのシートの上は修羅場と化している 一人取り残された私は、呆然と頭の中で今しがた起こった事をリピート再生していた 冷静に考えれば大した事じゃない、別に直に頬っぺたを舐められたわけじゃないんだし でも、そんなんじゃなくて、石田君がしたってことが問題なのだ そんなバカップルがしそうな事を絶対しなさそうな石田君が平然とやってのけたという事実が その後、どういう流れでその場が解散になって、どういう風に家に帰ったか私は全然覚えていない 辛うじて、帰りの道中で何度か八つ当たり的に晴久をしばいた記憶はあるんだけど 頭にこびりついて離れないのは、あの瞬間の石田君の指先と舌 そして呆れたような、でもいつもと違う少し目を細めた微妙な笑顔 …とにかく何故か動悸が収まらないので、今日は救●を飲んで寝ようと思います 明日には石田君があんなエロちっくな挙動をする石田君でなく、いつものジェイソン石田に戻ってますようにと、切実な願いを込めて 常、日頃の君で |