秀吉様が家康に討たれてからどれ程の日々が過ぎただろうか
あれ以来いくら日が昇っても沈んでも、違う戦地に赴いても私の中では時が止まったかのように時間が流れない

恐らくは三成も同じ
今三成に見えているのは家康だけだ
以前は秀吉様だけだった
そう思うと私がいくら三成の事を想おうが三成は昔から私の事なんて見ていなかったじゃないかと少し虚しくもなるけれど、それでも私は彼の背中を追いかける事しか考えられず、以前の様に少しでもその瞳に私を映してくれる様にと願うことしかできない


一方大谷は違う様で、時々この状況を楽しんでいる様にすら見える時がある
毛利と同盟を結び、長曾我部をも仲間に入れ込んだと聞いたけれど、あの毛利や長曾我部が何故こちらに味方する気になったのか私には計り知れない
恐らくは大谷が何か索を巡らせたのだろうが、それがあまり良い予感がしないのは何故だろうか

どうやらあの日から私は考える事を半ば放棄してしまった様で、勘で何か胸騒ぎを感じてもどうこうしようとは思わなくなっていた

三成の中での信頼度は私より大谷の方が勝るだろう
私が何か言ったところで今の三成が聞く耳を持つのか疑問でもあるし、表面上上手くいっている西軍編成に口出しをすれば軍から追い出されるかもしれない
それだけは避けないと、三成の側から離される事だけは

思案しながら空を見上げると、雲ひとつない晴天が広がっていた
三成は大谷や毛利と共に尼子の領地へと攻め入っている
私は少し離れた毛利の領内にある陣地で後援部隊の指揮を任されている

…けれど恐らくこの部隊を動かす事にはならない
尼子征伐には毛利が以前から力を注いでいた為、毛利に豊臣の加勢がついた今となっては早々の攻略すら窺える

あれだけ裏切るなと言われておきながら、すっかり蚊帳の外に出されてしまった私はなんだかやりきれなくなって、陣を側近に任せて少し離れた丘の野原に寝転がっていた


「一体私は何がしたいんだ…」

三成の側に居たい
ただそれだけなのに、それすらさせて貰えないのだろうか

戦場から遠ざけられて、守られているというよりかは何かを隠されている様な気がして仕方ない
私を蚊帳の外に放り出した張本人は言うまでもなく大谷だろう
三成ならばむしろ進んで私に戦場に出ろと言いかねないし、陣組みや部隊の指揮はほぼ全て大谷に任せられている

「大谷と、話をしないと…」

「こんなところでなまえが不貞寝なんて珍しいな」

「っ!?い、家康!?」


いきなり影が射したかと思って身を起こすと、あろう事かすぐ側に家康が立っていた

慌てて刀を右手に掴みザザッと受身を取る形で後ろに引いてみれば、家康の少し後方には鋭い目を光らせる本多忠勝まで居た
いくら考え事をしていたからとは言え、この二人の気配に気付かなかったなんてどうかしてる

私が警戒心を露にしている姿を見て、家康が少し傷ついた様に眉を下げた

「安心しろ、ワシはお前と戦いにきたんじゃない」

「…じゃあ、私に何か話でもあるの?」

「さすが察しがいいな、その通りだ」


家康はニカッと笑ってから、真剣な表情で私を見据えた

家康が私に何を言いに来たのか大方察しは付いている、けれど敢えて何も言わず家康が口を開くのをじっと待った

「ワシに、着いてきてはくれないか」

「…東軍に下れ、という意味?」

「下れと言うのとは少し違う
東軍に下れと言うのはなまえに三成と戦えと言うことと同じだ
ワシは、そんな事は望んではいない」

「じゃあ、一体…」

「ワシは、なまえ…お前と戦いたくない
だがなまえが西軍に居る限り、どうしても刃をお前に向ける事になる
だから一緒についてきて欲しい、そしてワシが作る平和な世の中をお前にも見て欲しいんだ」

「家康…」


家康は本当に優しい
私が三成を大切に思っていることを知っていて、その気持ちを尊重した上で家康自身も私を傷つけたくないと言うのだから

平和な世の中
家康なら本当にそんな世の中を作れそうだと思う、そしてそんな世の中があるのなら…生きる為に刀を握らなくてもいい世の中が私も受け入れてくれると言うのなら、見てみたい


「ごめん、それは無理だよ」

「なまえ…」

「家康の事は大好きだよ
私は家康の事を裏切り者だとも思っていないし、その志もすごく立派だと思うし応援したい
…でもね、それでも私は家康を選べない
三成を、置いてはいけないの」

「…しかし、お前は本当にそれで幸せになれるのか?
今の三成と一緒に居て、本当にお前は笑っていられるのか?」


家康の顔がだんだん辛そうに歪んでいくのが分かる
私の幸せを思ってそんなに辛い顔をしないで、と言いたいけれど私も感情が昂ぶって迂闊に口を開く事ができない


幼い頃に戦で両親を亡くした
親戚をたらい回しにされて行き着いたのが半兵衛様の元だった
それから私が生きる為にと、たくさんの知恵と武芸を教わった
秀吉様の下に仕える事になって何度も戦場に赴いた
何人もの人を斬り、命を奪い、私はある日気付いた
自分の手が血で真っ赤に染まっている事に
そして漠然と思った
私は女としての幸せをもう抱く事はないだろう、と

それでも良かった
生きる意味を奪われるよりもずっとずっと楽だった
だから自分の幸せが何処にあるのかなんて考えた事もない
それを、今初めて問われて考えさせられている



「家康、私はやっぱり三成を裏切る事は出来ない
これは三成の為じゃなくって、私の為に」

「自分の為…か
だがワシも自分の為にやはりお前を連れて行きたい
なまえが三成を大切に思っているのは知っている、だがそれ以上にワシもお前を大切に思っているんだ」

「…っ」


家康の言葉が素直に嬉しい
だけど、その言葉は今の私にとっては胸の内の苦しみを増幅させるだけで、救いにはならない
私は今までこんなに優しく誰かに手を差し伸べられた事なんてない
大切だなんて言って貰った事もない
三成は、どうだろう
三成は誰かに手を差し伸べられても掴むことはそうそうないだろうけど、でもそこに救いがあるのとないのとでは心持ちが全く変わるだろう
私がその手になれるのかは分からないけれど、そうなりたいと願うのは傲慢なことだろうか

私は自分ひとりがここから救い出される事を選べない
蜘蛛の糸とは良く言うけれど、たとえ救いの糸が切れると分かっていても私は三成を置いてなどいけない、三成を救えない糸なんて私には要らないんだ


「…家康、ごめんね」

「なまえ…」

「これは私の我侭だから、私の我侭で家康を傷つけるのはすごく苦しいけれど
でも、泣いている三成を置いていくのはもっと苦しいの…分かって…」


無意識に右手の拳に力が入っていたらしく、爪が掌に食い込んで痛い
でも、それよりももっと違うところが痛む

家康に申し訳なくなってきて俯いていると、家康が深く息を吐いて小さく「分かった」という声が聞こえた

「お前の決意は固いみたいだ、ワシは諦める
だがこれだけは言わせてくれ
ワシが言うのもおかしいかもしれないが…なまえ、出来れば死ぬな
これはワシの我侭だ、生きていてくれ」

「家康…ありがとう」

家康の優しすぎる言葉に思わず涙が出そうになるのを堪えて、今できる精一杯の笑顔を向けると、家康も微笑んで「じゃあ、ワシは戻るぞ」と言って本多と共に颯爽と去って行った


残された私は、一度深く深呼吸をしてから陣に戻る為に歩を進めた

家康とは正反対の道を歩んでいく、この先には何があるのだろうか

私には分からない
だけど家康は光を纏って去って行った
私がその正反対を歩んでいるとすれば、行き着く先はひとつしかない

それでも私は、この道を歩む事しか選べない








第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -