祈りは、誰に捧げれば良かったのだろうか
神仏の信仰に厚くない私にはよく分からなかった
神様や仏様は私の様な人斬り女の祈りは聞いてくれるんだろうか


「本陣より火急の知らせ!
徳川殿裏切り!秀吉様が…討たれましたっ!」

一瞬急使の言っている意味が分からなかった
陣内のざわめきで我に返り、先の言葉の意味を嚥下する
そして自分でも驚く程に穏やかにその意味を理解した
私にとって気になる事は唯一つ

「三成…石田殿は、」

「石田殿はご無事の様ですが本陣非常に混乱しています
徳川を追跡している者の知らせでは徳川は東に向かったとの事、この地は別隊に任せてみょうじ殿は是非本陣で軍の沈静化を…!」

「分かった、すぐに向かう」

明らかに動揺している使者を目の前に、意外にも私は冷静だった

何故ならやっと納得がいったからだ
私が家康に抱いていた不安は、家康との仲が深かったからこそ、家康は豊臣の見ている方角とはどこか違う方角を見ていると薄々感じていた不安だろう


側近がすぐに馬の手配をし、案内に付いて馬を走らせている間も私はずっと家康と三成のことを考えていた

私は冷静でいられている
三成はどうだろう
きっと、泣いている
心が、身体が軋むほどに叫んで泣いている
見てもいないのにそんな気がしてならなかった








「あぁ、みょうじ殿っ」

「三成は、」

「大谷殿とあちらに…」

陣地に着いてみると思いのほか戦場は静かだった
大将が内乱で討たれたのだ
敵陣に知られていれば混乱に乗じて一気に攻め立てられてこちらが不利になっているかもしれないと腹を括ってきたのに…
予想外のことに驚きながらも兵が見遣った方へ馬を向けて、息を飲んだ

視線の先には三成と大谷がこちらを背にして立っている
そしてその前には延々と広がる敵兵の死体の山
死体も血も見慣れていたはずなのにその凄惨な光景に目を背けたくなってしまう
そして、それ以上に…


「み、三成…」

馬を降りてそっと近づいて声をかけると、ひどく緩慢な動作で三成が振り返る
その目は赤く、やはり泣いていたのかと思うが、それよりもその目が虚ろで心配になる

「…なまえ、貴様は城の守護ではなかったのか」

「うん、そうだけど本陣が大変な事になってるって聞いて
…家康は東に向かったって言うから別隊に任せてこっちを…」

「ふざけるな」

ビクリと身体が震えるほど低く冷たい声
そこでようやっと気付く、三成の目は私を見ていない

「もし秀吉様の城が他軍に汚されでもしたらどうする、そもそも貴様は秀吉様の命で城の守護に当たっていたのではないのか!」

「三成、」

三成の怒声の迫力に怯んでいると、聞き慣れたしゃがれ声がその怒声を止めた

「そう怒鳴るな
なまえとて太閤の身を案じて動じていたのだろう」

「そうであっても…!」

「無闇にここで身内を裂く様な真似はせぬ方が良いというのは主とて分かるであろう?」

「…なまえ、」

「な、何?」

「家康を殺す
貴様も力を貸せ、拒否は認めない」

ごくり、と生唾を飲む
今まで一度だって三成からこんなにも殺気を向けられた事はない
きっと今此処で下手な事を言えば三成は迷いなく私を斬るだろう

三成に付いて行く事に未練はない、三成がそうしたいと言うならば私は喜んで力を貸す
けれどどうしても聞きたい

それで、貴方は救われるのですか


「…分かった」

「裏切りは許さない、分かっているな」

「裏切らないよ
信じて、三成」

「…行くぞ刑部」

ふわりと大谷の御輿が浮く
三成は大地にすら恨みがある様にずしりすしりと一歩一歩早足に歩いていく

私はその後姿を茫然と見ていた
今まで長く戦場に立ってきたけれど、戦場で泣きたいと思ったのはこれが初めてだった

戦場で仲間を失った、家族を失った、女として生きる道を失った
だけどそのどれの喪失感よりも今、三成を思う事が悲しい

私は悟ってしまった
きっともう二度とあの頃の様には戻れない
あの三成はもう私を見てくれない
私の大好きだった三成はここにいなかった





ぽつりぽつりと雨が落ちてきた
血なまぐさい戦場に雨と土の臭いが混ざって嗅覚が麻痺しそうになる

今なら、今だけなら許されるだろうか
目から零れる水滴を拭う事もせずに私はただ二人が消えて言った修羅の道へと歩みを進めた















君は僕に会えなかった
そこに居たのは、別人




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -