空が鳴いている
ゴロゴロと恐ろしい低音を響かせながら巨大な雲が空を覆う

今にも雷が落ちそうな雰囲気が一時の油断さえ許さない様に緊迫感を連れてくる

「いっそ雨が降ればまだマシなのに」

ぼそりと呟いた声は思いのほか大きかったらしく、近くにいた側近が何事かと私を窺ったが、私が慌てて「何でもない」と言うとまた真っ直ぐ自分の守る陣地へと視線を戻した

昨日まであんなに晴れていたのに、今日だって戦が始まっただろう頃合にはまだ陽が射していた
夕立や急な天気の変化はそれほど珍しがる事でもない筈なのに、空に蠢く分厚い雲が何故か背筋に嫌な汗を走らせる


気分がだんだん落ち着かなくなってきたので気を紛らわせる為にと、今頃前線でその刀を振るっているであろう男の姿を思い浮かべた

石田三成
戦場での彼は味方から見ても恐ろしい程の働きをする

実際その鋭い眼光が容赦なく味方に向けられる事もしばしばある
人は彼を恐れ、忌み、避け、嫌っているけれど私はどうしても彼の事を嫌いになれない

今だって心配で心配でたまらない
三成は自分の為に何かをするということを知らないから


「みょうじ殿、顔色が優れませんが」

「え?そ、そうかな」

考え込んでいた所為だろうか、先と同じ側近が心配そうな顔で私に尋ねた

「さては石田殿の心配でもされておられましたか」

「えええっ、何で分かるのっ」

「顔に書いてありますぞ」

「書いてません!」

付き合いの長い側近は意外と私のことをよく見ている様だ
これは気をつけなくては、と思い苦笑しているとまだ何か言いたそうに口端を上げるのでじとりと睨みながら「何だ」と言えば今度は優しく笑んだ

「心配される事もありますまい
戦場には太閤殿下も直参されていおられます上、今回は大谷殿も陣に加わっていらっしゃる
あぁ、それに徳川殿も出陣されていますぞ」

「家康…」


家康とは以前に豊臣が徳川を攻めて降伏して以来何かと軍内で仲良くしている

私のことをあまり知らない他軍出身の兵士達は女の身でありながら将である私をあまり良く思わない事が多いのに、家康は分け隔てなく接してくれた

私が家康と仲良くできたのは家康の私に対する態度も一因ではあったけど、私の中でもっと感動したのが家康の三成への接し方だった

他の者達の様に避けたり陰口を叩いたりしない
三成が軍内で諍いを起こしそうになると仲裁に入ってくれるし、三成に対して物を言うのにも物怖じしない、それにあの明るい笑顔を三成にも向けている
それが私にとってはとても喜ばしい事だった

けれど同時に、家康を見ていると稀に無性に不安になる時がある

特にここ数日そうだった
家康がどこかおかしい
何か考え込んでいる様でもあり、何かと葛藤している様でもあった

「…そうだね、皆を信じないと」

信じる、私が昨日三成に言った事じゃないか
どうも天気が悪い所為か暗い事ばかり考えてしまう
頭を切り替えて自分の役目に徹しなくては、そう思った瞬間だった


「うわっ!」

「おぉ、これは大きいのが落ちましたな…」

「今落ちた場所って…もしかして本陣のある辺りじゃ…」


地を揺るがす雷鳴
落ちたのはここから数里離れた遠方みたいだが、よほど大きな雷だったのか城までその轟音が轟いてきた
目を凝らして稲光の後を追うと方角的には本陣のある、まさに今豊臣が攻めている戦場の辺りに見えた

「何もなければいいけれど…」

あの屈強な豊臣軍が雷如きで被害を受けるとは思えないが、何故かこんな時に限って酷く胸騒ぎがする

あの鋭い光が目に焼きついて離れない
闇を切り裂く怒りの様な光
静まり返った陣内で私はただ無事を祈った






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