豊臣軍には一人女の将がいる
女の名前はみょうじなまえ
なんでも半兵衛様の遠縁の親戚にあたるのだとか言う女は驚く程に腕が立ち、おまけに頭まで切れる優秀さを持っていた

私より幾つか年下のその女は、女の身ながらに半兵衛様との血縁という利を除いても充分な程実力でその地位を確立している

だが私は昔からどうもこの女が苦手で仕方なかった


「ねぇ三成、今度の戦は先陣を切るんだって?」

「…貴様、誰の許可を得て私の部屋に居る」

「お邪魔してもいいですか?」

「断る、出て行け」

「何でそんな冷たいの三成は!」


きゃんきゃんと煩い女は出て行く気がないらしく、内心深く溜息を吐く
首根っこを引っ掴んで追い出すことも出来るが、強硬手段に出るとこの女は後々ややこしい

先の戦で豊臣に下った家康と組んでしつこい程絡んでくるか、半兵衛様や秀吉様の所へ駆け込んである事無い事を訴えかけるのだ、本当に性質が悪い


「私ね、次の戦待機組なの」

「秀吉様のご命令だ
…まさか異を唱える気ではないだろうな」

「違う違うそんなんじゃないよ、そんな恐い顔しないで!」

「それなら何だと言うんだ」

「いやー…三成と全く違う戦地って初めてなんじゃないかなぁと思って」

「…」


言われてみれば確かに私とこの女もといなまえは陣は違えど同じ戦地に向かわされる事が多かった
それというのも半兵衛様の采配なのだが、攻めに適した私と守りに強いなまえは戦場では他に無いまでの堅固な強さを誇っていた

「貴様は城の守りだろう、適任ではないか」

「うーん、そうだけど…三成が心配だなぁ、なんて」

「私が心配だと…?」

「あっ!先に言っておくけど三成の実力を信じてないとか甘く見てるとかそういうんじゃないから怒らないでね!」

「では何だと言うのだ」


一瞬侮られているのかと思い頭に血が上りかけた
その気配を敏感に察知してかなまえは早口に弁明をまくし立てると、私の問いに少し答え辛そうに思案し始めた


腐っても半兵衛様のご血縁故かこの女は頭が切れる
だがそれは戦場での話であって普段はそこいらに居る女と変わらず姦しい上にどこか抜けている
私はそれがどうしようもなく苛立つのだが、軍内では誰にも咎められない

以前半兵衛様に尋ねた所、何でもアレで一応女なものだから兵士の癒しであるとか士気の高揚に役立つらしい
兵に癒しも何もあってたまるか、秀吉様の御為にその身を粉にして働けば良いだけだろうが、と思ったが半兵衛様のお手前でそんな事を叫べるはずも無くその場は納得した振りをして済ませたが

こうして黙っている姿を見ているだけならば確かに並の女よりは見栄えする女だとは思う


「万が一の事があった時私が助けられないから、かな」

「助ける?貴様が私を?笑わせるな!」

「だって三成って自分の事顧みないし
ご飯だって平気で食べないし怪我しても放置だし」

「それがどうした」

「三成は秀吉様しか見えてないんだろうけど、私にとっては秀吉様も三成も同じくらい大切だから…心配になるんだよ」

「私と秀吉様が同等だと…!?」

何と恐ろしい事をほざくのかと思ったが、存外なまえの目は真っ直ぐに私を射捕らえていた

何故私が秀吉様と同じく大切などと愚かしい事を言えるのか、その馬鹿さ加減にほとほと嫌気が差す
やはりこの女は苦手だ

「ふざけるな、貴様は秀吉様の為だけにその身を削れ
私の事など心配されても迷惑なだけだ」

「迷惑っていわれると実も蓋も無いけど…
でも三成は信じてないでしょ、自分の事も他人の事も」

「一体何の話だ
他人を信じて一体どうなる、裏切られて後ろを取られるよりマシだろう」

「確かに人は三成を裏切ることもあるけど世界は三成を裏切らないよ
信じたら信じた分だけ誰かに信じて貰える、誰かがきっと三成を守ってくれる
だけど三成は信じないから…だから心配なんだよ」

何故か今にも泣き出しそうな顔で必死に私に訴えかけるなまえを、私はどこか遠くから眺めている様な気分で見ていた
と言うのもなまえは無駄によく喋る女だが、信じる信じないと言った精神論をなまえの口から聞くのは初めてだった

「下らん、では貴様は私を信用していないのか」

「信じてもいるし、信じてないこともあるよ
だから、心配なの」

「…付き合いきれん、勝手にしろ」


何故かこいつの話をこれ以上聞いていられない
いつもおちゃらけているなまえがこれ程真剣な目つきで私を「心配」だなどと言うから調子が狂ったのかもしれん

なまえに背を向けると入りかかった自室から出て真っ直ぐに道場へ向かった

明日は出陣だ
あいつの無駄口に付き合って精神を乱す訳にはいかない、私はただ秀吉様の御役に立つことだけを考えれば良い、秀吉様に逆らう者達を斬滅することだけを…


「―…」


なまえは城の守護、私は陣の前衛
あいつは私を心配だと言ったが、私はあいつが心配ではない
むしろなまえに背を任せるのは他の男諸将達よりも安心できる
何故だ

信じて、いる…?


「…下らん」



雑念を取り払うために見上げた頭上の空は驚く程に澄み渡っているというのに、遥か東に広がるそれは暗雲を伴って轟々と私の頭上まで迫ってきていた





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