暗い場所は昔から嫌いだった
何も見えない真っ暗な闇ならば何も考えず自分を見失う事ができるけれど、完全な闇ではない暗がりは、無駄に感覚を働かせるせいで必要以上の事を考えてしまう


「なまえ、飯は食うておるか」

「大谷…」

薄暗闇に浮かんだ白い装束の大谷が、僅かに憐憫の情を滲ませた目で私を見下ろした

尼子攻めの後、家康と接触していた事を三成に知られてしまった私は当然三成の怒りを買い、大阪城の地下にある牢に繋がれる事になった
牢と言っても簡易的なもので、手枷足枷もなければ見張りすら居ない
家康と内通しているのかと拷問でもして問われるのかと思ったけれどそれもない
ただ牢に放り込まれただけで、一定の時間になると食事が運ばれ、ごく稀にこうした訪問者がやって来る
勿論、三成とはあれ以来会えていないのだけれど

「主の事は不憫に思うが、それ以上に三成の心情を察しなければならぬ
我は何も出来ぬが…暫しの辛抱故、耐えよ」

「そんな演者の様な台詞を吐く必要はないよ」

「何…?」

「私のことを三成に密告させたのは大谷、貴方でしょう」

「…知らぬな」

すう、と目を細めて白々しく言葉を紡ぐ辺り、大谷は私に隠す気も誤魔化す気もあまり無いのだろう
私は意を決して口を開いた

「毛利と組んだ辺りから何かおかしいとは思ってた
何か私に知られたくない事をしていたんでしょう?
だから戦場でも私を遠ざけ、尚且つ私に見張りを付けた
聡い大谷なら、家康が私の所に話をしにくる事も察しがついていた筈」

「…」

「そして予想通り家康がやって来た
私の見張りに当てたのは、外様の武将…女である私を良く思わない者にさせ、その事を三成に報告させてあわよくば私を消そうとした…違う?」


この薄暗闇の中でずっと考えていた事だ
本当は陣にいる間ずっと誰かの視線を感じていた、だからそれから逃げたいというのもあって陣から抜け出したのだけれど、まさか陣を抜けた後も何処からか見られていたとは思わなかった

そして毛利との同盟以来様子が変わり、私を避ける様になった大谷
と外様の武将、私を邪魔だと思う者同士、私を消すという利害一致の元で大谷が外様の武将を利用するという形でこの策を打ち出したんだろう

淡々と言葉を紡いでいる筈なのに、少し声が震えてしまったのが自分でも分かる
こんな事を言ってはいるけれど、本当は私の思い違いであって欲しい
大谷は、子飼いの頃から私と三成の良い話し相手だった
その知識や武略は本当に優れているし、あの三成が大谷に絶対的な信用を置いているのだから、私だって大谷の事を信じたい

じっと目を凝らして大谷を見つめていると、大谷はヒッヒッと小さく笑った

「主は真に聡い
その通りだ、主の言う通り我はあの男を利用して主を遠ざけようとした
だが、主には一つ誤りがある」

「誤り…?」

「ここまで我の思惑通りに動いている
…つまり我は三成に主を殺させようとしたのではない、三成は主を殺さないというところまで計算した上での事よ」

「一体どういうこと…?」

大谷はまた笑いながら牢の柵にゆっくりと近づき、私の顔を真正面の間近からじっと見据えた

「…この暗がりに居ると、昔を思い出すな
主が他の子飼いの子らに蔵に閉じ込められた時の事を」

「…」

「泣き喚く主の声を聞いて駆けつけても、我は何も出来なかった
小さな蔵の周りを囲む奴らは皆なにか武器を持っていたな」

「…」

「あの中に三成が飛び込んだ時は我も驚いた
竹刀で殴打されても気にもせず蔵の戸を壊そうと必死になる三成はそれはそれは勇敢であった
…我には到底出来ぬ事よ」

「…その後、私も三成に叩かれたけど
この程度の事で泣くな喧しい…って」

「ヒッヒッ、そうであったな」

大谷も覚えていたのかと、少し歯痒い気持ちになる昔の記憶
どうして今その話を持ち出してきたのだろうと思って大谷を見遣れば、どこか遠くを見る様な目で大谷は虚空をぼんやりと見ていた

「主が思っている以上に、三成は主を必要としている
あれが太閤関係以外の何かや誰かを守るところを我はあの時以外に一度も見た事がない」

「けど、三成は、」

私を信じてくれない
続きの言葉は喉に詰まって出てこなかった
けれど大谷はそれすら察した様に、少し溜息を吐いた

「人の心とは難儀なものよ
信じたいと強く念ずる程に疑わしくなるものだ…主も、そうであろう?」

「…ひとつ、聞いてもいい?」

「何だ」

「毛利と何を企んでいるの?
私に隠している事の内容を、三成は知っているの?」

核心に触れる私の問いに、大谷は目を細めて思案し、答える前にくるりと私に背を向けた

「主は、知らぬが良い…三成もだ」

「どうして、」

「主らはあまりに真っ直ぐすぎる
それだけでは物事を勝利に導く事が出来ぬのだ」

「…それは、三成の為なの?」

「無論だ
…なまえ、暫しここで息災にしておれ
主が出てくる頃には主が何も案じずに済む様に駒を進めておく」

それだけ言い残して、大谷は御輿をふわりと浮かせて去っていってしまった
私に残されたのは、また思考と感覚ばかりを尖らせる仄暗い闇

大谷を、信じたい
けれどどうしてか胸の内のざわめきが止まない
「信じたいと強く念ずる程疑わしくなる」今の私は大谷の言う通りだ


三成は、どうだろう
本当に私のことを信じたいと思ってくれているのだろうか



あの日、まだ三成も私も幼かったあの日…三成はどんな気持ちで私を助けてくれたんだろうか


暗闇に身を任せる様に私はゆっくりと瞼を閉じた




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