「いーざーやーくーん」 「…その呼び方は嫌だなぁ シズちゃんの真似なんてやめなよ、折角可愛い君の声が台無しだよ?」 「あぁ私も平和島君みたいに自動販売機が投げられればよかったのに」 「さすがに女の子が自動販売機を投げるのはどうかと思うよ まぁ、俺は例え君がそれぐらい怪力でも君を愛する自信があるけど」 「あームカツク」 ひゅっ 空気を切り裂く様な鋭い音はしたが、折原の顔面に向かって伸ばした拳はあっけなく空を切った 相変わらず身軽な男だ 攻撃力はそれほどある訳じゃないのに回避能力がずば抜けて高いところがこの男の狡猾さを引き立てている 「相変わらず良いストレートだねぇ 当たったら痛そうだ」 「当たってみれば? 痛いか痛くないかすぐ分かるわよ」 「遠慮しておくよ マゾの気はないんだ、どちらかというとSなのかな」 「訊いてない」 無駄口ばかりペラペラと 相変わらず癪に障る 私は苛立ちを隠しもせずできるだけ敵意と殺意こめた視線で折原を睨み付ける 当の折原本人は私の視線などお構いなしに、ヘラヘラと緊張感のない顔つきで実に不愉快なまでに余裕の笑みすら湛えて私を舐める様に見ている 「君は高校のときから変わらないね 真っ直ぐで、素直で、直情型 顔つきも身体も若いままなのはどうしてかな、まるで人間じゃないみたいで思わずうっとりするよ」 「人を化け物みたいに言うな」 「化け物でも俺は構わないんだけどなぁ …ねぇ、俺の側にいなよ、きっと楽しませてあげるから」 すっと折原の足元の影が動いてゆっくり私の方へ歩み寄ってくる 私は「来るな」と言いながら少しずつ後ずさる 夜の池袋の裏通り こんな所で自分の身を守れるのは自分だけだ グッと拳を強く握る サシでの喧嘩になれば男相手でもそうそう負ける事はないけれど、どうしてかこの折原にだけは勝てる気がしない コイツが刃物を常備しているのも知っているし、どこから折原の味方が現れるかも分からない、というところからくる警戒心もあったけど、本当はもっと違う、漠然とした何かが私の脳内で警鐘を鳴らしている 「来るな、私に近寄るな」 「無理なお願いだね 俺は君が欲しいんだ」 「やめろ、」 「どうしてそこまで頑なに俺を拒否するのかな? 俺が君に何をしたかな?何もしていないよね 俺がムカツク? ははっ、違うだろう? 君がムカツクのは…君が本当に恐れているのは、」 ドクドクと心臓が大きく脈打つ 折原はもう目前まで迫っている 今拳を繰り出せば当たってくれるだろうか 蹴りを入れれば呻いてくれるだろうか 頭の中では考えることができるのに行動に移すことができない 「君が本当に恐れているのは君自身、だよね?」 トンっと私の背中がどこぞのビルの壁にぶつかり、同時に私の頭の中の警鐘は超音波の様な無機質な耳障りな音に変わった 「君は俺の性格を最悪だと思ってる 人として最低だってね」 「そう、よ」 「でも同時に俺を愛してる だから君は自分にムカツクんだ 折原臨也という最低な男を愛してしまう自分が」 「…」 「だから君は自分が恐いんだ 俺を愛してしまう得体の知れない自分が、ね?」 にっこりと笑うと、折原は満足そうに私の肩にそっと触れ、そのままあまりにも優しい力で私の身体を抱いた 私は胃の底から反吐がでるほどの拒否反応が自分に起こることを期待したのに、どうしてか身体は少しも動かない それどころか、身体の奥の方がじん、と熱を持つ 「本当に君は素直ないい子だね そんな可愛い顔しちゃって、今自分がどんな顔してるか分かる?」 今私はどんな表情をしているのか、想像もつかない 「怒りと悲しみと戸惑いの中に、色気と喜びが混じった、すごく厭らしい顔だよ」 そっと私の頬を撫でて笑う折原は悪魔にしか見えない でも、もう殴りたいとも蹴りたいとも思わない あぁ、厭らしい目をしていたのは折原じゃなくて私だったのか、馬鹿馬鹿しい もう何を考えるのも面倒くさい 私はささやかな抵抗に齧り付く様な勢いで、醜くも美しく弧を描いた折原の唇を塞いだ 窒息してしまえ アンタも、私も 苦しめ喘げ アンタも、ワタシも |