「オイ、」

「…」

「なまえ、」

「…」

「…参ったな」


俺にそっぽを向いたまま堂々と俺の声を無視してパソコンのキーをカチカチと鳴らす彼女に思わず頭を抱える

随分と機嫌を損ねてしまったらしい、ここまでスネられるのは初めてかもしれない
さすがに置いて出てったのはマズかったか
いや、でもあの場合どうすりゃ正解なんだ?

自問自答を繰り返しながらなまえの背中を見る
相変わらずキーを弾く無機質な音がカチカチと部屋にこだましている


事の原因は、昨日の夕方
朝からの仕事を終えて帰ってきて、いつも通り遊馬崎や狩沢達と落ち合いに行こうと、戸草に現在位置を尋ねるメールを送った時だった
最近ではほぼ同棲同然に共に生活空間を共有する様になった彼女が、俺の服の裾を掴んでじっとこちらを見上げていた

「なんだ?どうかしたのか?」

「今日も絵理華ちゃん達のところに行くの?」

「ん、あぁそうだけど」

「じゃあ、私も連れてって?」

「は!?」

一瞬聞き間違いかと思ったが、真ん丸な目でこちらをじっと見つめる彼女の目はどうやら本気の様で、余計頭が混乱する

なまえとは高校時代からの長い付き合いだが、今まで一度だってそんな我侭を言ったことはなかった
なまえは大学にも行ってたし、今は在宅でだが仕事もしている
俺は俺で仕事があったり色々あったから、俺たちはお互いの仕事やプライベートの忙しさをよく知った上でそれを理解して、上手く合わせて付き合っている

狩沢や遊馬崎、戸草となまえは面識があって、それなりに仲もいいみたいだから(特に狩沢とはいつの間にかかなり親しい友達になっていた)俺を疑うだとかあいつらに嫉妬するだとかそんな事もなく、今まで穏便にやっていたのに
いきなりどうしたって言うんだ

「ダメ?」

「いや、ダメだろ普通に…」

「どうして?」

「まずワゴンが定員オーバーだ
それに、何があるか分からないしな…今は特に
お前を危ない目に遭わせたくねぇんだ」

これは我ながら上手く言えたと思った
事実今池袋は黄巾族や切り裂き魔のおかげで未だかつてない程ピリピリしている、そんな所にこいつを連れて行きたくはない
だがなまえは納得するどころか一層眉間に皺を寄せて、半ば俺を睨む様な視線で見上げてきた

「じゃあ京平はいつも危ない目に遭ってるってこと?」

「いつもってわけじゃねぇよ、たまにはあるがな」

「じゃあやっぱり私も乗せて!」

「なんでそこで「じゃあ」になるんだ…
ダメだって言ったらダメだ
どうしたんだ一体急に…」

「…だって、」


ブブブブブブ…
ポケットに入れていた携帯が慌しく着信を告げる
発信者は戸草
メールじゃなく電話が帰ってきたってことは何か急用なのか?
嫌な予感がする

「悪いが、俺は行くから…
お前はここに居ろよ?帰ってきたらちゃんと話聞いてやるから」

それだけ言って玄関に向かい、ドアを開け出ようとして一瞬振り返ったが、なまえそこにはいなかった
何かあったんだろうか、だが今はこっちも色々目が離せない

後ろ髪を引かれる思いを振り切り駆け出した…のが半日ほど前
事が済んで家に帰り着いた頃には日が昇って日付もすっかり変わった頃だった


…そして今に至る


さっきも言ったが、なまえがここまで頑固な態度を見せるのはほぼ初めてで俺は一体これをどうしたらいいのかさっぱり分からない
事情を聞こうにも声を掛けても無視されるのだから手の施しようがない
だからといってこのまま放っておく訳にもいかない

このまま機嫌が悪化して最悪「別れる」なんて言われたら、それこそ俺はどうしていいのか分からなくなってしまう(いや、別れるなんて絶対にしないが)

ここはひとつ…思い切った行動にでるしかない、か


作業を続けたままのなまえの背後にそっと忍び寄り、身を屈めてそっと無言の背中を後ろから抱き締めた

「…!」

俺の気配を感じていなかったのか一瞬びくりと肩が跳ねたが、意外にも拒絶する動きは見せない
意地を張るのに慣れていないからだろう、小さな背中が緊張で固くなっているのが分かる

「なぁ、一体何があったって言うんだ
言わなきゃ分からないぞ」

「…だって、京平がワゴンに乗せてくれないから」

「それは、お前…」

「京平は私の心配するのに、私は京平の心配しちゃダメなの?」

思いもしなかった言葉に驚いてなまえの顔を覗き込むと、目にゆらゆらと涙が浮かんでいた


「この前折原君に会った時、折原君が言ってたの
京平が切り裂き魔と会ったみたいだ、とか今ダラーズと黄巾族の抗争が凄い事になってる…とか」


そこまで聞いてやっと事の真相が掴めた
なまえがワゴンに乗りたいって言ったのは俺が心配だったから、か

そういうみょうじの気持ちは嬉しいが…
まぁ、なんだ、臨也の奴は多分こうなる事を分かっててなまえに恐怖心を与える様な事を言ったんだろうなと思うと、何とも言えない気持ちになる
臨也はなまえの事気に入ってたからな…全く何を企んでやがるんだか…

「そりゃ、悪かったな」

くるりと作業椅子を回して、なまえを正面から抱き締めると耳元で小さく嗚咽が聞こえた

あぁ、泣かせちまった
勿論罪悪感はあるが、ここまで想われて心配されるというのは、やっぱり嬉しかったりする

「心配する必要ねぇよ
俺もそこまでバカじゃない、無闇に危ない事に首を突っ込む程青くねぇよ
それに、」

「?」

少し体を離すと、胸元に埋められていた泣き顔が不思議そうな顔で俺を見上げた
涙目で上目遣いってゆうのはどうも何かそそるものがあるんだが、こいつはそれを分かってるんだろうか

「お前がここで待っててくれる限り、俺はちゃんとここに帰って来る
だからそんな顔すんな…な?」

涙で濡れた頬を指先で拭いながらそう言うと、なまえは一瞬目を丸くして、それから頬を染めて俺にしがみつく様に抱きついてきた

「…我侭言ってごめんなさい」

「謝ることねぇよ」

「…でも、朝帰りは控えめにしてね?
…本当は、寂しいんだから」

ぎゅう、と背中に回された細い腕に力が入る
俺の腕の中にすっぽり収まるなまえの身体を抱き締め返しながら、こりゃさっさと面倒事を片付けて、夜はこっちにいてやらねぇといけないな、と密かに笑みを零した






















帰趨本能
お前が俺の帰る場所














なぜかドタチンはほんのりアダルトになる
な ぜ だ ?






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