美しいひと、という表現があの方にはよく似合う
美しく、強く、どこか脆いような危うささえ感じさせるあの方は、一体どんな思いを抱いて生きていらっしゃるのか…そんな事、知る術など無いと分かっていながら、それでも知りたいと願ってしまうのです


「晴久様、何処に行かれるのです?
そろそろ教えてくださってもよろしいのではないですか?」

「ちょっとな、お前に海を見せてやろうと思って…毎日毎日砂ばっかじゃ飽きただろ?」

「海ですか、それは素敵な…」

「あぁ、ほらもう見えるぞ」


「出掛けないか」と唐突に言われ、誘われるがままに馬に乗せられ、行き先も告げられぬままに砂漠から森を抜ける道に揺られていた
今思えば随分長い時間馬に乗っていた気もするけれど、今の今まで私と晴久様は一言も言葉を交わさなかった

晴久様の唐突なお誘いの理由も、何処に行かれるのかも、私には全く分からなかった
最近では毛利との戦も激しくなってきていると聞いているのに、一体こんな時にどうされたのかと少し心配するくらいしか出来ない
私は晴久様の妻であり、仲も睦まじく今までやってきたけれど、全てを享受する寛容さを持つ晴久様と違い、私如きの器では未だに晴久様という御方の本質を知りえていないのです

一気に雑木林を抜けると、眼前に白い砂浜が広がり、斜陽を反射する橙色の海が穏やかに波を作り上げている景色が広がった
海など見るのはいつ振りだろうかと、ぼんやり眺めていると、晴久様はひらりと軽い身のこなしで一人馬から降りられ、私に向かってその両手を伸ばされた


「ほら、降りてこいよ
何だ、心配すんなよちゃんと受け止めてやっから、な?」

「は、はい…」


そもそも馬に乗るのも久々だった故に、高さのある馬から降りる動作が難しかった
それを察して晴久様は私を受け止めるように両手を広げて待っておられるのだろうけど、それこそある意味恐い

意を決して晴久様に腕を伸ばして、その肩に手を置くと、晴久様が私の体を引っ張るように少し力を入れられ、そのまま晴久様に引き寄せられるような形で私はすとん、と地に足を着くことが出来た


「あ、足がふらついて…」

「あぁ…悪いな、長く馬に乗りすぎたか
俺が支えてやるから、ちょっと歩いてみろよ」


久々の地面の感覚にふらつく私を支えるように、晴久様は私の腰に腕を回して何故か少し嬉しそうに口元を緩めながらゆっくりと歩き出した
この体勢の恥ずかしさに頭がいっぱいになっていると、不意に聞きなれない音が耳に響いてくるのに驚いて足を止めた
すると音は止み、再び歩を進めるとまたきゅ、きゅ、と奇妙な音が響く
不思議に思って晴久様を見上げてみれど、晴久様は口端を上げて無言で笑うだけで「あそこの岩に座って休むか」と仰られた


「晴久様、さっきの音は一体?」

「あれはなぁ、言ってみりゃ琴の音だな」

「琴の…?」

「砂が、琴を鳴らす
だから砂を踏むと音が鳴るらしい」

「それは奇怪な…」

「この砂浜には伝説があってな」


岩に腰掛けながら足下の白い砂を踏んでみれば、確かに足下からきゅ、と音がする
横に座られている晴久様をそっと見上げると、何故かその横顔には先ほどまでの笑みは無く、どこか影が差したような寂しささえ見えた


「源平合戦で負けた将の姫が、追っ手から逃れる為に逃げて逃げて、この浜に漂着したらしい
虫の息だったその姫を見つけた漁師達はその姫を匿い、懸命に介抱したそうだ
それで姫は元気になり、唯一の持ち物だった小さな琴を毎日奏でて漁師達を喜ばせた」

「まぁ、それで琴ヶ浜と…」

「だが、そんな日々は長く続かなかった」


晴久様のお声が、いつもより一段と低く響く
その表情もより険しくなり、悲痛な面持ちに変化していった


「これは諸説あるが…一説では追っ手がこの辺りまで嗅ぎ付けてきたとか、また別では戦禍の恐ろしさを思い出してその運命を嘆いてとか…
或る日突然、毎日響き渡っていた琴の音がぱたりと消えた」

「…」

「漁師達が探してみれば、漂着した時の小船の中で琴を抱えて息絶えていたらしい
それ以来、ここの砂浜は音が鳴るようになったらしい…姫の美しい心が、この砂浜にやどったかのように」

「どうして…」


そんな話を私に、という言葉は続かなかった

だって、まるでこれではこの話をする為にここに来たようではないですか
そうだとしたら、何故そのような悲しいお顔で話されるのですか
…どうして、私は貴方様の事が何も分からないのでしょうか

潮風に、晴久様の御髪がさらりと揺れる
じっと晴久様を見上げる私の方へゆっくり視線が向けられ、晴久様は少し困ったように、悲しそうに、でも少しでも余裕を見せようとされているのか懸命に笑まれた


「戦に負ければ何もかも失う…そんな事は分かってる
覚悟だってとっくの昔に出来てる筈だった」

「覚悟…」

「勿論俺自身の命も、家臣の命も、負ければ全て失いかねない
それを全力で守る為に戦ってる…だが、どうしても、お前が…お前だけが…」

「…っ!」


懸命の笑みが悲痛で崩れ去る瞬間、私は晴久様の腕の中に抱き込まれてしまった
ぐっと力を込めて私の後頭部と背中を抱く晴久様の背に、そっと手を伸ばす


「俺が負けたら…お前はどうなるんだろうと考えると恐ろしくて夜も眠れねぇ
琴姫伝説のように海を漂流して生きながらえて、苦しい思いで生かすくらいならいっそ俺の手で、とまで考える時がある…なぁ、おかしいだろ…」

「晴久様…」


毛利との戦はかなり厳しいものだと聞いている
私だって武家に嫁いだ女だから、尼子家に何かあればそれと運命を共にするつもりではある
けれど、晴久様の抱える「覚悟」とは、その身ひとつだけでなく何千何万の兵の命を預かっているという覚悟…そして私を生かすも殺すも己の手腕一つだという覚悟

私にはやはり想像もつかない
晴久様のご心中を察することなど到底出来ない
…けれど、どうして、この御方はここまで美しいひとであられるのかは、少し分かった気がした

そのまま、暫くの時間を波の音と晴久様の鼓動だけを聞きながら過ごした
先のことなんて何も分からない、知り得ないのだ
だから、今ここに在る晴久様のぬくもりだけ、それだけが確かなものだと思うと胸の奥から愛おしさが込みあがってくる


「……悪い、格好悪いとこ見せたな、出来れば忘れろ」

「晴久様がそう望まれるならそう致しますが…私は嬉しゅう御座いましたよ」

「な…嬉しいだと?」

「晴久様がお心を苦しまれるほど私を好いて下さっているという事だけ覚えておきますね」

「なまえ…お前って奴は…」

「私も、」

「ん?」

「私も、狂おしいほど晴久様が恋しくなることがありますから、よく分かります」

「…馬鹿野郎」


照れたようにくしゃりと破顔されたそのお顔を見て、本当に美しいひとだと再認識する


私は、例えこの浜の姫のような悲しい結末を迎えようと、きっとこの日の思い出を胸に貴方だけを想い死んでいくでしょう
それはきっと、貴方の手で殺されるのと同じようなもの
だから悩まないで、美しいひと


誰かが遠くで砂浜を歩いているのか耳に小さく響く琴の音が、波の音よりずっと鮮明に私の耳に残った







うつくしいひと
強くて儚くて脆くて、優しいひと















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公式の晴久が強気だけど劣勢だと逃げる≠虚勢張ってるけど本当は繊細
という私の超私的な解釈から私の中の晴久はこんな感じに
だからなのかいつも晴久は奥様に一本取られてますね





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