・・・・・・・・・・




「秀吉様、半兵衛様、本日はお招き頂き有り難う御座います」

「あぁなまえ君、よく来たね
でも今日はそんなに畏まらなくていいから、ね?秀吉?」

「うむ
折角の花見だ、なまえも三成も楽しむが良い」

「恐れ入り申します」


ひらひらと花弁舞散る桜の花見も素晴らしいけれど、ふわりと可愛らしく綻んだ梅を楽しむ花見というのもまた風情があって良い

派手なものがお好きな秀吉様が梅の花見とは意外だと思ったけれど、こうして梅の花を眺めて少し冷たい風を受けながら、熱燗を頂くというのはお酒好きの殿方には堪らないのだそうです
場所が場所であるだけにあまり数は呼べなかったそうですが、名の知れた家臣の方達皆は揃っていらっしゃって、その上まだ始まって間もないというのに既に頬を赤く染めてほろ酔いの状態で酒盛りを楽しんでいらっしゃる
その中には徳川様の姿も見受けられて、本当に賑やかな場がお似合いになる方だと改めて思った


「三成様は、飲まれないのですか?」


私達夫婦は秀吉様に近い場所に座を頂いたものの、三成様はお酒を召し上がられる気配はなく秀吉様や半兵衛様の酒肴に気を配っていらっしゃるので堪りかねてそう声を掛けると、三成様は私を振り返って「私はいい」とだけ仰られた
確かに三成様はあまりお酒に強いお人ではないけれど、偶には羽目を外されても良いのに、
と内心思いながらも「そうですか」とだけ返事をしておく
ここで私が無理にお酒を薦めたところで、「じゃあ」なんて言う御方でない事は分かりきっているのだ

しかしながらやはり折角の機会なのだから三成様にも少しくらい気を緩めて頂きたい、その為にもそろそろ頃合かしらと思い、側に居た侍女にそっと耳打ちをする
侍女は「かしこまりました」と笑顔で頷くと、早速その場を後にして荷を保管していた場所から持ってきた大きな風呂敷に包まれたそれを私の側に置いた


「なまえ、それは何だ」


秀吉様や半兵衛様とお話をされていた三成様が、不意に私の方に向き直り今しがた運び込まれた風呂敷包みを怪訝に眺められる
三成様の陣羽織と同じ藤色の風呂敷から、これが私のものだという事にすぐ気付かれたのだと思う
その三成様の言葉で、秀吉様や半兵衛様も私の方へ視線を向けられた

緊張で早鐘を打つ胸を押さえたい気持ちに駆られながらも、私はそっとその包みを解いた


「あの、日頃秀吉様や半兵衛様…豊臣の皆様にお世話になっている御礼にと思いまして、僭越ながらこの花見の為にお弁当を作って参りました」

「なまえ君が?」

「は、はい
その、お口に合われるか分かりませんが…私に出来ることはこれくらいしか思い浮かびませんでしたので、」

「なまえ、開けても良いか」

「!は、はい」


花見と言えば、お弁当
そんな短絡的な発想から、今日のお誘いの御礼はこれにしようと決めていた
元々料理の腕にはそれなりに自信があったけれど、如何せん差し上げる御方が主君であられるだけに今日まで三成様に露見しないようにこっそりと練習を重ねてきた

それでもやはり不安は残るもので、秀吉様方が召し上がって下さるだろうかと内心畏れを抱いていたけれど、秀吉様が早速重箱に手を伸ばして下さった為その不安は早々に解消された…ものの、やはり胸は緊張で張り裂けそうで
秀吉様が開けられた重箱の中身を、半兵衛様と三成様が身を乗り出して覗き込まれた


「へぇ凄いね、本格的じゃないか
これ、まさかなまえ君一人で作った訳じゃないよね?」

「えぇ、台所務めの女中方にも下ごしらえなどは手伝って貰いましたが、あとは私が…」

「それは凄いね、早速頂くよ」

「…」


取り合えず見た目は合格だったようで、半兵衛様が関心したようにまじまじと煮豆や出汁巻き卵を観察するように見ながら、さりげなく秀吉様とご自身の取り皿へと乗せていかれる
ふと横を見遣れば、三成様は何故か重箱をひどく複雑そうなお顔でじっと見つめられていたので、もしかして気分を害されてしまったかしらと不安になった


「三成様も…よろしければどうぞお召し上がりになって下さいね」

「、あぁ」


私に声を掛けられて初めて自分だけ重箱に箸をつけていない事に気付いたらしい三成様は、少しぎこちない様子で重箱からいくつかおかずを適当に取り皿へ移された
取り敢えず怒ってはいらっしゃらない様子だし、あの三成様がお食事をなさるのだから存外ご機嫌を損ねた訳でもないのかもしれない

では、何故あのようなお顔を?
私がそんな事を考えている内に、秀吉様と半兵衛様はぱくりと私の作ったおかずを口に含まれた
静かに咀嚼されるお二方を、無礼とは知りつつもついじっと凝視してしまう
ごくりと咀嚼し終えたものを嚥下された後、お二方は顔を見合わされて目を見開かれたかと思えば、にこりと私に笑顔を向けられた


「美味しいよなまえ君!これは相当料理の腕がないと出せない味だよ」

「うむ、しっかり良い味が着いている…店で出されてもおかしくないものだ」

「!あ、ありがとう御座います」

「ほら、三成君も早く食べて」

「はい」


お二方の明るい笑みは、その言葉が偽りでないと直ぐに分かるほどのもので、私までつい嬉しくなってしまう
よほどお気に召して頂けたのか、秀吉様は早速ほかのおかずに箸を伸ばされている
そして三成様は半兵衛様に促されて、取り皿に載せられた菜っ葉の御浸しをそっと口に運ばれた
その様子をじっと横で見守る私に、ちらと視線を向けられると低く小さな声で「…旨い」とだけ仰られた

そもそも食が細く何も召し上がらない上に、食に無関心な三成様にお褒めの言葉を頂けた事が本当に嬉しくて、同時に何だか気恥ずかしくも感じられた

そう言えば三成様の下に嫁いでから、三成様に私の作った手料理を召し上がって頂くのは初めてだったと思っていると、不意に私の背後から影が差した


「やぁなまえ殿、どうだ?楽しんでおられるか?」

「徳川様!」

「家康!?」


振り返れば、先まで少し離れた場所で酒盛りを楽しんでおられた徳川様が、相変わらずにこにこと陽気な笑みを浮かべて立っておられた
あからさまに嫌そうな声を出した三成様のことは気付かぬ振りをされて、徳川様はそのまま私の隣に腰を下ろされた


「いいところに来たね家康君、今なまえ君の作ったお弁当を頂いていたんだよ」

「なまえ殿が作った?それは是非食べてみたい」

「あ、どうぞ…お口に合われるか分かりませんが」


私が薦めると、徳川様は楽しそうに重箱に箸を伸ばされ、天ぷらをいくつか取り上げられるとそのまま豪快に口に放り込まれ、これまた豪快に咀嚼された


「美味い!本当に美味いぞなまえ殿!」

「有り難う御座います」

「それにしても意外な特技を持っておられたものだな
料理は普段からされるのか?」

「いえ、嫁いでからはしておりませんでしたが、嫁ぐ前に少しだけ」

「そりゃあいい事だ
三成は本当にいい嫁さんを貰ったなぁ」

「フン、気が済んだならさっさと去れ」

「み、三成様…」


半兵衛様や徳川様に立て続けにお褒めの言葉を頂いて、私は嬉しいを通り越して恥ずかしいほどになっていた
三成様はと言うと何故かどんどんご機嫌が悪化されているようで、徳川様には見向きもされずに悪態を吐かれる
一体何がお気に召さなかったのかしら


「徳川殿、何をされていらっしゃるのですか?」

「おお、今なまえ殿の弁当を頂いたところだ」


先ほどまで徳川様と酒盛りをしておられた他の家臣の方々が、徳川様の明るい声を聞きつけて何事かとこちらへ参られた
私はあまりお屋敷から外に出る事がないので、お一人お一人のお顔とお名前を覚えてはいないけれど、この御方達もきっと普段三成様のお世話になっている方だろうと思って、側にあった取り皿やお箸をそっと差し出した


「あの、よろしければどうぞ」

「よろしいのですか!では……これは!まこと美味で御座りますな!」

「本当だ!こりゃあ旨い!酒も進みますなぁ」


そう言って武士特有の大きな声を上げられるものだから、それを聞きつけて「どれ私にも」「ワシも」と、お弁当へ箸を伸ばす方が次から次へと増えていく
元々たくさんの方に食べて頂こうと思ってかなりの量を作っては来ていたけれど、予想外の反響に重箱は既に底を見せつつある


「三成様は、もうよろしいのですか?」

「あぁ、もう無くなるだろうからな」

「…私、何かお気に召されない事でも致しましたでしょうか?」

「何?」


嬉しさと驚きでその様子を見ていると、三成様がまたひどく不機嫌そうなお顔をされていたので、様子を窺うようにそっと寄り添ってみた
生憎ほかの皆様は重箱とお酒に夢中で私達夫婦の事には気付いておられない


「勝手な事をしたとお怒りでしょうか?」

「…怒ってはいない」

「ではやはり味が?」

「旨かったと言っている」

「では一体…」

「………しろ」

「え?」


いつもはっきり喋られる三成様にしては珍しいほど聞き取り辛い小さな声
不思議に思ってもう一度聞き返しながらお顔を覗き込むと、三成様はやはり不機嫌そうに眉間に皺を寄せながらも、どこかバツの悪そうなお顔でキッと私を睨まれた


「今後料理を作る相手は私だけにしろと言っている!」

「え…そ、それは…」

「秀吉様や半兵衛様ならばまだ許す
だが他の連中は以ての外だ
第一私は貴様にこれ程料理の腕があるなど知らなかった、」


睨まれたかと思えば今度はフイと顔を逸らされる
一体何事かと思ったけれど、これはもしかして、もしかすれば…焼きもちを焼いておられるのではないでしょうか、という結論に達した

いやまさかお弁当くらいで…でもそうだとすれば三成様の不可解な行動全てに説明がつく
意外な結論に呆気にとられながらも、何故かお弁当の事について誉められた時以上に嬉しくて、心がかぁっと熱くなるのを感じた


「…三成様がお望みになられるのなら、いつでもお作り致します」

「…フン、当然だ」


そっぽを向いたままだけれど、どこか満足そうに口端を上げられた三成様の横顔
私はそんな三成様の素直でないのにとても正直なところが大好きで、思わず頬が緩むのを抑えられなくなっていた


「お?三成、なまえ殿、楽しそうだな!何を話しているんだ?」

「貴様には関係無い!」

「それより三成君、君も食べないと無くなってしまうよ?」

「うむ、三成、この出汁巻きは特に絶品だ、食すが良い」

「ひ、秀吉様が私に出汁巻きを…!!」


秀吉様から手渡された取り皿に載せられた出汁巻き卵を押し頂く三成様に、今度は小さく声を立てて笑ってしまったけれど、この賑やかな喧騒の中、その笑い声はきっと三成様には聞こえなかっただろう

大切な人達に喜んでいただけて良かった
一番愛おしい御方のまた意外な面が見れて良かった
このお花見で、おこがましいかもしれないけれど私も「豊臣」の一員になれた、そんな気がしたのです

頭上を見上げれば、紅白の梅が高貴な香りを漂わせながら細い木の枝を彩るように咲き誇っている
早速今夜屋敷に戻ったら紀州の梅干でも使ったお茶漬けを出して差し上げよう
三成様にまた「旨い」と言って頂ければ嬉しい
豊臣の家臣である三成様の妻で本当に良かったと思いながら、私はそっと三成様の杯に白梅の花弁とお酒をほんの少しだけそっと注いだ





梅花見
貴方には桜より梅がお似合いで、











************
66666HIT記念
昴琉様へ

まず第一声として…大変遅くなってしまい申し訳御座いません><
リクエスト頂いてから一ヶ月以上…お待たせしてしまい本当に失礼致しました
いや本当に素敵なリクで、一生懸命書かせて頂いたのですが…文才が足りずご期待に添えないものになってしまっておりましたら更に申し訳御座いません><
勝手にお花見とかしちゃいましたが、大丈夫でしたでしょうか…?
因みに三成に梅が似合うというのは、梅の花言葉が「忠実」とかだからという私の勝手な解釈まで引っ付けてしまいました
とにかく此れを機に三成様が奥様の料理を食べて少しは健康的になったり、お屋敷に奥様の料理目当てで遊びに来る家康とぎゃんぎゃんやってればいいな、と思っております

この度はキリリク頂きありがとうございました
稚拙な管理人ですがどうかこれからもよろしくお願い致します




2011.02.18
管理人:巡


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -