砂漠では月がよく見える
空を狭く見せる森の木々も大きな建物もない、開けっ広げな何もない空間は吸い込まれる暗闇を広げるのと同時に空の光をこの上なく引き立てる
だから私はここが好きで仕方ない

「ここに居たのか、なまえ」

「晴久様」

誰もいない砂漠の石の上に座っていた私には、晴久様の声は聞こえどもその姿は容易には見えなかった
けれども晴久様はこの暗闇でも私を見つけたのだから、やはりこの御方は砂漠にとても慣れていらっしゃるのだろう

「こんな夜中に出歩いて風邪でも引いたらどうすんだ」

「その時は晴久様に看病して頂きとう御座います」

「馬鹿、お前は俺に風邪をうつすつもりか」

「その時は、私が看病を」

やっと視界に現れた晴久様は、少し呆れた様な面持ちで私を見下ろしながらも、私の隣に腰を下ろしてそっと羽織を掛けて下さった

「いけません、これでは晴久様がお風邪を召されてしまいます」

「そん時は、お前が看病してくれるんだろう?」

「まぁ、困ったお人」

「どっちがだ」と悪態をつきながらも悪戯に笑まれるこの方の笑顔が好きで仕方ない
ただ素直に優しいというのとは少し違う、悪戯なところや意地悪なところがこの方の魅力であり、私がどうしようもなくこの胸を締め付けられる原因でもある

「何してたんだ?こんな夜中に」

「月を見ておりました」

「月か」

そう言って空を仰がれた晴久様の横顔は、暗闇の中でもはっきりと分かるほどに端正で、まるで女性の様な美しささえ持ち合わせているものだから逆に恐ろしいとさえ思ってしまう
この方こそ砂漠に浮かぶ月の様だとふと思った

「月山富田城は天空の城と呼ばれているそうですね」

「あぁ、難攻不落の城だからな
ちょっとやそっとじゃ手が届かねぇってことだろう」

「手が届かない…」

確かに天空に浮かぶあの月をこの手に掴むことなど不可能だ
だとしたら私にとってこの方はどうだろう
私は晴久様の妻であり、晴久様だけのものであるけれど、晴久様は私のものではないのだ
いつか私に飽きてどこか手の届かない遠くへ行ってしまわれる可能性だってある
それは戦国に生きる女ならば覚悟していなければならない事だと言うのに、私はそれを考える度にどうしようもなく胸が痛む


「月が綺麗だな」

「えぇ、本当に…」

「…月が、綺麗だ」

「晴久様…?」

気付けば晴久様の目はもう空に浮かぶ月ではなく私に向けられていて、どこかおかしいその様子に私が首を傾けると、そのままそっと輪郭をなぞる様に撫でられた

「月が綺麗すぎてどうしようもねぇな」

「どういう意味…っ」

同じ言葉を繰り返す晴久様に意味を問おうと口を開けば、そのまま寄せられた晴久様の唇で塞がれて何も訊くことが出来なかった

そっと、優しくも長い触れ合いに、胸の痛みがすぅ、と和らいでいく気がした
恐る恐る晴久様の背に腕を回すと、それを待っていたかの様に触れ合いが深くなっていった

「っはぁ、晴久様…?」

「どういうんだろうな、こういう心持ちを」

「心持ち?」

「月にさえなまえを独占されるのが嫌なんだよ俺は」

そう言って抱きすくめられた私がやっとその言葉の意味を理解すると、晴久様は「あんな切ない目で俺以外のモン見るんじゃねぇよ」と恨めしげに仰られた

「それは、月と晴久様を重ねて見ていたからです」とはとても言えなかったけれど、どうしようもなく幸福な気持ちになった私は、その赤く染まった耳元に向かって「貴方様だけをお慕いしております」と精一杯の気持ちを囁いた




















月夜の睦言
どうしようもなく愛してる




























中秋の名月に遅刻しながら書いたSS
元ネタは言わずもがな夏目漱石のアイラブユーの翻訳を参考に致しました


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