「小十郎、やっぱり畑に居たのね」 「なまえ様! 何故お一人でこの様なところに居られるのですか!?」 「何故って抜け出して来たからよ?」 「…まったく、そんな当然の様に言われることではありませんぞ…」 「そんなこと言って、もう慣れているでしょう?」 悪気もなく悪戯な笑みを浮かべるその姿は紛うことなき美しい姫君の姿だというのに、その口から出てくる言葉のなんと恐ろしいことか 先まで緑の葉に触れていた手を手ぬぐいで拭き、深い溜息を吐きながら畑から上がると、それを待っていたかの様になまえ様は手に持っていた風呂敷を掲げた 「休憩にしましょ? 小十郎ったら戦に行くか鍛錬するか畑仕事しかしないんだもの、そのままでは倒れてしまいますよ?」 「どこぞのご姉弟が大人しくしていて下さればそうでもないのですが」 「あら、それは大変ね」 クスクスと笑いながら、夏草が茂っている野に敷物を敷いて手際よく休憩の準備をする我が国の姫君の姿に思わず苦笑が漏れる 政宗様の姉君であられるなまえ様は、政宗様と同じく自由奔放で人を思いやることに長けたお方で、その明るい笑顔や気さくな性格は国中で評判なほどだが、どうも奔放さが弟君より少し勝っている様で頻繁にこうして何でもないような顔をして城を抜け出してはふらりと出歩いてしまう 本人に悪気がないのは愚か、こうして一家臣である俺のことなどを気にかけて下さるのだからもう今さら何も注意する気も起きない 早く座りなさいな、と言わんばかりに俺を見上げてくる姫の隣に腰を下ろし、広げられた包みの握り飯に手を合わせてからそれを一口頬張った 「ねぇ、美味しい?」 「えぇ、美味いですよ」 「それはよかった あ、そっちのだし巻きも食べてね自信作なの」 「…もしやこのにぎり飯、なまえ様が…?」 「えぇ、全部私が作ったのよ」 当然と言わんばかりの自信満々な答えにまた溜息が漏れそうになる 一国の姫君がこうして家臣と同じ敷物の上に居るということだけでも問題がありそうなものを、(いや間違いなく問題だ)その差し入れが姫君の手製とは破格の扱いにも程がある 一体台所の女中達は何をしていたのか…いや考えずとも分かる、恐らく嬉々として姫に料理を教えていたんだろう 「美味しくなかった?顔色が優れない様だけど」 「いえ、味は申し分ありませんが …なまえ様、やはり貴女様はもう少しご自分の立場をご理解して頂かなければならない 私は政宗様にお仕えする一家臣で、貴女様は国主の姉君…」 「だって、」 不意に言葉を遮られたかと思うと、なまえ様は珍しくいつもの笑顔ではなく思いつめた様な真剣な表情をしておられた 「小十郎が何であろうと私にとって貴方は大切なひとだから 身体の心配もしたいし、美味しいものを食べてもらいたいと思うの …それは、いけないことかしら」 じっと見上げられた大きな瞳の真っ直ぐな視線に射すくめられ、俺は咄嗟に言葉が出てこなかった いけないことだと即答で言ってしまうことも出来たというのに、なまえ様の言葉が脳内でこだまして、それが心臓を大きく揺らして思う様に思考が働かなかった 何も言わない俺のせいで気まずくなったのか、なまえ様はふい、と視線を逸らしてきょろきょろと辺りを見回し始めた 「…あ、ねぇ小十郎 あれは撫子の花よね」 「え、あぁ…そうですな この時期になるとよく咲いていますよ」 「可愛らしい花ね」 「ひとつ摘んできましょう」 気まずかった空気を入れ替える様に腰を上げ、少し離れた場所に密生していた淡い紫の撫子の花を一束手に取り戻ると、なまえ様の表情はいつもの無邪気な笑顔にもどっていて、それが何故か俺の心をひどく安堵させた 「昼餉の御礼…というには随分物足りませんが」 「全然そんなことない、とても嬉しいわ どこに飾ろうかしら」 「…少しよろしいですか」 差し出した小さな花束を嬉しそうに胸に抱える姿が微笑ましく、その花束からひとつ、茎をほどよいながさで千切ってそっと姫の耳の上に挿した 「あ、」 「…さすが我が国の姫君は撫子の花が良く似合われる」 「もう…そんな見え透いたお世辞言って…」 照れておられるのか、すこし俯いたその頬は薄紅に染まっている その頬の色がまた撫子の花によく似合っていると言えば、どんな表情をされるだろうか そんな悪戯心にはそっと蓋をして、依然として頬を赤らめる姫を見て目を細める 姫様が言う「大切なひと」の意味に気付いていない訳ではない 何故なら俺もまた、姫様と同じ気持ちを抱いているからだ だが今はまだ、そっと蓋をして 目の前に咲く薄紅の可憐な撫子をそっと愛でていようと思う 愛し撫子 花言葉:純愛 小十郎の口調が乱れまくりんぐ\(^O^)/ |