▼愛児計画

「なまえ、支度は出来たか」

「はい、丁度弥吉も機嫌が良いようです」


何より良いのは貴方様のご機嫌のようですが、とは言わず心の中で微笑する。
産着に包まれた我が子を覗き込んで、三成様は更に満足そうに笑まれた。

数週間前、私と三成様に第一子である弥吉が誕生した。
私も子も何事もなく出産が終わり、第一子が男児であった事も重なってあらゆるところから連日お祝いの口上と使者、それに祝い物が耐えなかったそうだ。
さすがに私はそれどころではなかったのであまり知らないけれど、恐らくお城からのものには全て三成様が直々に対応されたのだろう、日が沈みかけてから私と弥吉に会いにこられる三成様は随分やつれて見えた。

その忙しさも落ち着き、私と弥吉も安定して健やかに過ごせるになった為、お城で今か今かと待ちかねていらっしゃると噂の秀吉様や半兵衛様に弥吉をお披露目しに行く事になった。
三成様はよほど今日この日が待ち遠しかったようで、誰の目に見ても浮かれていらっしゃる。
そのお姿は通りすがる侍女が思わず目を見開いて振り返ってしまうほどで、私もそんな光景に笑いを堪えるのにひどく神経を使わなければならない。


「石田様、奥方様、秀吉様が中でお待ちです。
平伏などの儀礼は一切不要だとのことですのでどうぞそのままで。
さ、こちらへお入り下さいませ」

「あ、はい、有り難う御座います」


御殿へ上がり、広間の前まで進むと案内役と思われる家臣の方がにこやかに出迎えてくださった。
それにしても、普段から良くして頂いているとは言え、一家臣の妻女が平伏せずにそのままお目見えしてもいいなんて、さすがの私も驚きを隠せず三成様に問うように少し裾を引いてみた。
三成様は視線を私に落とすと察して下さったのか「秀吉様の寛大なお許しだ。構わないだろう」と答えてくださった。

そのまま三成様の一歩半後ろに付き従って広間へと入ると、上座には秀吉様と半兵衛様がいらっしゃるのは勿論のこと、その周りを驚く程の家臣の方々が取り巻いていらっしゃり、私は緊張から思わず我が子を抱く腕に力を入れてしまった。


「やぁよく来たね三成君、なまえ君。
遠慮しないでもっと近くに来てくれないかな?
折角のお披露目なんだし可愛い二人の子をよく見たいからね」

「うむ、此処へ参るが良いぞ」

「はっ!」

「きょ、恐縮至極に存じます」


半兵衛様にお誘い頂き、三成様と共に上座へと弥吉を抱いて近づくと、半兵衛様が私の腕の中をゆっくり覗きこみ、その後ろから体躯の大きな秀吉様がぬっと覗き込まれた。


「弥吉と申します」

「弥吉君かぁ、やっぱり君達の子だけあって色が白いね」

「三成に似ているな」

「そうだね、目元とか特に…あ、でも口元はちょっとなまえ君に似てるんじゃないかな」

「利発そうな顔つきだ、良い武士になるであろう」

「そうだね、出来る事なら僕が直々に軍略を教えたいところだけど」

「は、半兵衛様が直々に!!?」


私の腕の中ですやすやと眠る弥吉を覗き込んで、半兵衛様と秀吉様はあれこれと楽しそうに談笑されている。
そしてその言葉のひとつひとつに、三成様は酷く感激されている。

豊臣軍というのは、力を一番に重んじる非情なほどの軍隊だと聞いたことがあったけれど、一体これはどういう事でしょうか。
まだ生まれて間もない赤子を取り巻いて、あれやこれやと遠い将来の話に花を咲かせるなんて……まるで血の繋がった親族に囲まれているような錯覚さえ覚える。
和気藹々と話をしている内に、他の家臣の方達も「某も拝見させて頂いて宜しいでしょうか」「拙者も、」と集まってこられて、遂にその場は無礼講の宴会のような座になるに至った。

普段はこの様に大勢の人に囲まれるのを厭う三成様も、その中心に居るのが我が子故か、秀吉様のお手前故か、本当に人変わりしてしまったのではないかと思うほどご機嫌が麗しい。
おまけに腕の中の我が子は騒がしい中でもすやすやと心地よい寝息を立てて、更には寝言なのか何なのか時折「あう」だとか「むう」と声を上げながらふっくらとした愛らしい小さな手を動かすものだから、その度に取り巻きの大人達は歓声を上げて喜んだ。


「それにしても石田殿の奥方はお初にお目にかかりますな」


弥吉を中心に盛り上がっている中、不意に一人の家臣の方がそう呟かれて私をまじまじと眺められた。

三成様の下に嫁入りする際の儀式で何人かの方とはお目に掛っているとは思うのだけれど、嫁入りしてからは無闇に外出することを禁じられていた為に、他の家臣の方とお会いする事はほとんど無く(徳川様や大谷様を除いて)こうして大勢の殿方の前に出るのも嫁入り前以来になる。

その方の一言で、取り巻きの方々の視線は一気に私に集まり、私は慣れていない事もあってどうしたらいいのか分からず気恥ずかしくなって俯いた。


「お噂にはかねがね聞いてりましたが、いや、思っておりましたより随分お美しい」

「そ、そのような事は…」

「いや確かに。
ここまでの美女は当世中々お目にかかれるものではあるまい」

「勿体無きお言葉で御座います…」


弥吉への関心が一気に私へと向けられ、あちこちから飛んでくる恥ずかしいような誉め言葉にどうしていいものか分からず、隣に座る三成様に助けを乞うように見上げると、先ほどまでの上機嫌から打って変わって酷くご機嫌の悪そうなお顔で取り巻きの家臣方を睨んでおられたので、私も驚いてしまった。


「秀吉様、」

「どうした三成」

「大変恐縮で御座いますが、妻と子にあまり負担をかけさせる訳には参りませんので、本日はこれで…」

「ふふ…そうだね。
今日は疲れただろうから、三人ともゆっくり休んでくれたまえ」

「有り難う御座います。
…行くぞ、なまえ」

「え、あ、はい。
では、失礼致します」


三成様は秀吉様と半兵衛様にだけ鄭重に礼を取って、その後はそそくさと私の手を引いて広間を後にしてしまわれた。
あまりの早業に私は戸惑う間も無く三成様に従ってそのまま廊を歩いていたものの、三成様は途中で何かを思い出したようにぴたりと歩を止められ、私を振り返られた。


「体に障りはないか」

「え?えぇ何も障りは御座いませんが」

「そうか、なら良い」

「三成様…?」

「……あの色狂い共が人の妻を無遠慮にじろじろ眺めるなど…」

「…」


ぶつぶつと恨み言を吐くように何を申されるかと思えば。
どうやら三成様はあの家臣方の私への反応がよほどお気に障ったらしい。
それだけであれ程良かったご機嫌がここまで傾いてしまうなんて、三成様はやはり嫉妬深いところがあるようだ。
…けれどそれ以上に、子どもっぽいと思ってしまうのは私が母になったからでしょうか。


「三成様、」

「何だ」

「弥吉の将来が楽しみで御座いますね」


何せあの秀吉様や半兵衛様のお墨付きなのだから、と言外に含んで笑いかけると、三成様も思い出されたのかさっきまで眉間に刻まれていた皺もあっという間に消えて、本当に滅多にお見せになられない穏やかな笑みで弥吉の頬を撫でられた。


「私となまえの子なのだからな、当然だ」

「三成様によく似ておいでですしね」

「……次は、」

「え?」

「次は、貴様に似た女子が良い」


それだけぼそっと呟くと、三成様は再び屋敷に向かって歩き出されてしまった。
私からお顔が見えないようにそうされたのでしょうけど、後ろから見えるお耳が真っ赤なのが隠しきれていない。

出来れば私は次の子も「三成様に似た可愛らしい子」が良いのですが。
という言葉は、腕の中で逞しく眠り続ける息子にだけそっと呟いた。






愛児計画
どんな子でも結局可愛いのです








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なつ様

5万打三成家族で秀吉様や半兵衛様にお披露目&三成が嫉妬という…
何と言う素晴らしいネタでしょうかと、リクエスト内容だけで私が萌えました(笑)
ご期待に添えましたか不安ですが…三成は身内(秀吉様半兵衛様刑部)に捧ぐ愛が半端じゃないので、家族が出来たらきっとこんなだろうと思っております。
ではでは、この度は企画ご参加&素敵なリクエストありがとうございました!