▼元就


「ねぇ元就くん、知ってる?いい子にしてたらクリスマスの日にサンタさんがプレゼントくれるんだって!」

「フン、きさまは馬鹿だな
そんな話は作り話なんだぞ」

「そんな事ないよ!きっとサンタさんいるよ!」

「…かってにしろ」






本当の贈り物






息が白い
空気が乾燥している為に、冬の空は遥か遠くの光さえハッキリと地上に届けることが出来る
富士山も霧さえ出なければ広範囲で拝めるらしいが、そんなものには別に興味がない


「……遅い」


時計を見遣れば、絶対厳守だと言い付けた待ち合わせ時間よりも既に5分が過ぎていた
この寒空の下、我を待たせるとは良い度胸だ

行き交う人々はプレゼントか何かの袋を提げて、然も幸せそうな顔で歩いていく
クリスマスのプレゼント
その言葉が昔は嫌いで仕方無かった
両親が早世した我の家では、クリスマスなど存在しない
良い子にしていても誰も見てはくれない、プレゼントなど誰も贈ってはくれなかった

かじかんで感覚の薄れていた指先を暖める為に、鞄に入れてあった手袋を取り出す
この手袋はいつ渡されたものだったか、確か2年前だったか
幼い頃、サンタの夢を語る幼馴染みにそんなものは居ないと豪語した事があった
それ以来、ムキになったのか我に毎年プレゼントを押し付けてくるようになった女は、サンタというよりは貢ぎ癖のある女のようだ

そんな事を言えば子どものように頬を膨らませて拗ねるのだろうな、と思いながら白い息を吐き出すと、横断歩道の向こうに待ち人を見つけた
我に気付くと慌てたようにまず謝る仕草をして、信号が変わったのと同時に小走りで駆け寄ってきた


「ごめん!元就君、待ったよね」

「遅い、言い付けた時間より8分も遅れているぞ」

「うわ、そんなに?本当にごめん!思ったより並んでて…コレ、今年のクリスマスプレゼント」


がさ、とやや重みのある音を立てて彼女が掲げたのは、有名な洋菓子店の袋
以前そこの喫茶店に二人で入った際、中々美味しいと我も絶賛していたところのケーキだ

えへへ、と幼子が悪戯をした時のような笑みを浮かべる彼女の顔は幸せそのもので、先まで傾いていた我の機嫌が馬鹿馬鹿しい程だ
貸せ、と言ってそのケーキの袋を取ると、空いたほうの手に自然と彼女の手が結ばれた


「あのね、イチゴのショートとザッハトルテとチーズケーキと…あれ?あともう一個なんだったけ」

「貴様、4つも買ったのか」

「うん、元就君も2つくらい食べれるでしょ?」

「我は構わぬが、そなたはダイエットするのではなかったのか」

「クリスマスは別なんです!」


ぎゅ、と握られた手が温かい
手袋をしている事もあるのやもしれぬが、その温かさはこの女の持つ独特の物だ
「ちょっとずつ分けて食べようね」と言いながら笑顔を向けてくる女に、思わず目を細める

どれだけ空気が澄んでいようが、その空に浮かぶ星よりもずっと眩しいものがこの世にあると気付いたのはいつだったか
今まで一度も欠かさず我に「クリスマス」を贈り続けてきた女は、やはりサンタクロースなどではない、そんなものはどこにも居ないのだ


「今年はサンタさん何くれるかなー?」

「まだサンタなどと言っているのか、いい年をして恥を知れ」

「サンタは永遠の夢なんです!」

「…仕様のない女だ」


今まで一度も我から何かを贈った事はなかった
だが、今年は、少し趣向を変えてみることにした
サンタに貰ったなどと言われる可能性だけが心配だが、まぁ流石にこの女もそれぐらいは気付くだろう


ポケットの中の硬質な小箱を思い出す
これを渡した時、この女はどんな顔をするだろうか、そして恐らく我の言葉に対する返事が、我にとって最も喜ばしい「クリスマスプレゼント」になるだろう

これも、全て我の計算通り





10.12.25