08
<二年前>
"――……坂城"
"小田、"
どうやら、女子に呼び出された俺を心配して迎えに来てくれたらしい。
"頬、赤い。叩かれた? 大丈夫? 酷いなあ、あの女も"
顔をしかめて、俺の頬に触れた。
温かく、心地よい体温。
俺は、その手を顔をそむけて拒絶した。
"――……小田、"
"なに? 保健室行く?"
優しい彼女。
その手に縋って、彼女の優しさに甘えたかった。
だが、優しさに甘える資格など、俺にはない。
そんな自分を嘲笑いながら、言う。
"疲れた。何もかも。結局俺は、一人で居たくないだけなんだ。お前を利用して、寂しさを紛らわしていた。――……ごめん。すまない"
本当に、その通りで、思わず笑みがこぼれた。
彼女は、そんな俺を見て顔をしかめる。
"なんであやまんの? わたしだって、一人はいやだよ。寂しいのも嫌いだよ。傷の舐め合いかもしんないけど、二人で居ようよ"
ああ―――……彼女も俺と一緒だったのか。
二人で居れば寂しくないもんな。
でも、そんなのは、まやかしで、寂しい者同士が一緒に居たって満たされないものは、満たされない。
"きっと――……いつか、後悔する"
"後悔しようよ、一緒に"
彼女は、俺の制服の裾を引っ張った。
揺らぐ心。
―――……ダメだ。
その手を取ってはいけない。
"俺と居たら、小田はダメになる。俺は、都合の良い奴だから"
"なんで坂城が決めんの? さっきの言葉、嬉しかったし、わたしさ、坂城に本気になっちゃったよ"
潤んだ目で見られ、驚く。
"――……異性として、"好き"という意味で?"
"異性として、好きだよ。ずっと一緒に居たい"
嬉しい告白。
だが、俺は分からない。
"――……俺は、異性として"好き"ということが分からない"
"――……、"
"分からない。惰性のように女子と付き合ってきたが、まったく分からない。小田と居るのは、心地良い。楽しい。それが好き? 分からない"
"なにそれ"
そうだよな。
『なにそれ』だよな……。
俺にも、この気持ちは分からないんだ……。
"俺は――……満たされない。一人になると、虚しく感じる。篠塚先輩のせいで狂ったか、いや、その前からか。とにかく、一人は嫌だった"
寂しいのは嫌だ。堪えられない……。
でも、一人ほど楽なことはないんだ……。
それにやっと気付いた。
すぅ……と小田の目が据わる。
怒っているような、俺を嫌悪するような顔。
"だから、女子と手当たり次第付き合ってきたの?"
"ああ。でも、小田で最後にする。もう、誰とも付き合わないし、人と距離を置く"
"逃げんの"
"――……逃げ、か。逃げだな……。もう、傷つきたくない。誰とも関わりたくない"
"――……昔に何があったか知らないけど、寂しいよ、それは"
"慣れるさ、そんなの。俺は、俺の正義を貫けば貫くほど、一人になるのだから"
"わたしは好きだけどなあ。坂城の正義。
ねえ、なんで正しい人が糾弾されなきゃいけないんだろうね"
彼女は、そんなのおかしいよね、と笑う。
俺も、笑って応える。
"人は弱いから。楽な方が良いから。正しさは、排他される"
"ふうん。まあ、わたしはフラれたんだよね"
"――……すまない"
"だから、なんであやまんの? でも、許せないかも"
そう言って小田は、顔を伏せ、"お願い"をした。
『謝っても許せないからさ、いつか一個だけお願い聞いてよ』と。
そして――……小田は、俺と別れたあと、担任にも行き先も告げず、引っ越した。噂で、両親が離婚し、父方に引き取られたと聞いた。
ああ、俺は小田のことを何も知らなかったんだな、と思った。
それからは、すべてを忘れるように、部活と勉強に打ち込んだ。頭を振り払って、必死に。
寂しい、なんてもう思うことはない。
prev|
next
しおりを挟む