坂城くんと秋穂ちゃん | ナノ




  10



〈坂城視点〉


「重ね重ね失礼致しました」
「いえー」


きちんと100%オレンジジュースを選び(琴子さんにも、確かめた)ひきつった笑いを浮かべながら、椎名に品を出した。お礼のクッキー付きである。


「んん。やっぱこれー!」


椎名は、美味しそうにオレンジジュースを飲み、子供のようにはしゃいだ。


実際、子供か。


「――……いま、失礼なこと考えませんでした?」
「いや、何も」


キッと睨まれるが、痛くも痒くもない。嫌われるのも、恨まれるのも、慣れている。


そんな可愛い顔で睨まれても、と思う。


椎名の視線をかわしながら、食器を洗っていると、秋穂が戻ってきた。


「ふー……あ、クッキー!」


菫の手元を見て、「いいなあ……」と言う。


「良いだろー」
「うちにも一枚!」
「えー」
「えー?」
「嘘だよ。あげるよ」
「いえいっ」


嬉しそうに菫から、クッキーを受けとり、実に美味しそうに食べる。


「うまー!」
「美味しいよねー」


秋穂はにこにこと笑い、「しあわせ〜」と言う。


そこに、琴子さんが、裏からヒョコっと顔を出した。


「そんなに喜んで貰って、作った方としてはうれしいわ〜」
「琴子さん!」


二人が声を合わせて、こんにちはーと挨拶し、頭をさげた。


そして、雪白もにっこりと笑いながら、琴子さんに挨拶する。


「こんにちは。クッキー美味しかったです」
「まあまあ。あやめちゃんは毎日美味しい物を食べてるんでしょう? お世辞なんて良いのよ?」
「いえ。とても美味しいクッキーでした。手作りが好きなんです」
「そう言って貰うと……めちゃくちゃ嬉しいわ!」
「手作り……さくさくにするコツとかないですか?」
「秋穂のクッキー固いもんねー。そこが美味しいんだけど」
「うー……さくさくにしたい!」
「そうねぇ……。小麦粉とかの量かしら……」
「クッキーのさくさく感ってバターなのよ。ちゃんと練らなきゃさくさく感は出ないわよ?」
「マジすか!? 目からぼた餅……?」
「違うし。目から鱗じゃん」
「そう、それ!」
「あと、棚からぼた餅ね」


四人は、にこやかに談笑する。


俺は、琴子さんが戻って来て、店内の空気が変わったのを感じた。


パッと店内が、明るくなった。


そこに、琴子さんがいるだけで、店の雰囲気が変わり、居心地の良い場になった。


『ルノワール』という店に人が集まる理由が分かる。琴子さんの人柄に、皆、集まるのだな、と思った。


「まあ、適当なんだけどねー」
「ええ!? マジで美味しいのに……」


琴子さんはケラケラと笑い、「あ」とはっと俺に気づいて「正紀くん、店番ありがとうね!」と言った。


「いえ……接客は35点らしいです……」
「あら。厳しいわね、みんな」
「菫ですもん。疲れてるので触らぬ方がなんたらーですよ」
「うるさいなあ、秋穂」
「あらあら。ま、初めてにしては、上出来? 一流なんてろくに接客出来ないんだから」




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