09*
〈あやめ視点〉
秋穂ちゃんがトイレに立ち、坂城くんは菫ちゃんのオレンジジュースの換えを用意しにカウンターからいなくなった。それから、すぐ、菫ちゃんが可愛い顔を歪めて、言い切る。
「私、あの人嫌いです」
「くー! どんな所が?」
笑いが抑えられない。
もう、面白くて、楽しくてしょうがない。
愉快愉快。
愉快過ぎる。
今、私は今月で一番機嫌が良いと言ってもいい。
美嶺が見たら、「機嫌が良いですね、お嬢様」と言うに違いない。
散歩はやっぱり楽しい。思わぬところで、思わぬことが起こり、私を楽しませるもの。
「偉そうなところとか、私を絶対、子供って見下してる」
「坂城くんは、そうね。気難しい人なのよ」
気難しいというか、坂城くんは、卑屈なのだろう。
自信はあるくせに、自分を卑下する癖がある。遠目で見て、観察した結果、そういう所があるのを見つけた。
今回の生徒会選挙もそう。乗り気ではなさそうに見えたし、篠塚先輩を生徒会長にさせないため、三人の先輩に頼まれたのだろう。しっかりとアピール活動していたけれど、一人になるとため息をついていた。
――……人間観察は飽きない。人の本質が皆間見えるもの。
糸と糸が繋がり、絡まり、縺れ、切断されるのも楽しいけれど、繋がる瞬間も楽しい。
この糸〈人〉は、どの糸〈人〉と繋がるの?
人を繋ぎ合わせるためには、情報が不可欠。
情報を重ね合わせ、頭でどう使えるかシミュレーションする。
その情報をどう使うか、それが重要。
ただの噂? 交渉の材料? 不良の喧嘩? 色恋沙汰? 知識になる?
――……さぁ、どうなるの?
私がするのは、ちょっとのキッカケを作ることだけ。
ちょっと「×××してよ」と頼むだけ。
そうすれば、ほら、人は勝手に動くもの。
キッカケさえあれば、考える葦の人間は、自分で考えて蟻のように行動する。
私は、自分のために、自分がどう楽しめるか、物語を読むように、人と人を繋ぎ合わせて、楽しむの。
思い通りにならないことも多いけれど、それさえも、楽しめる。
次はどうする?
どんなキッカケを作りましょうか!
ああ……そうね。今日は朝義に頼み事があって、散歩に来たのに、朝義がいないから諦めたのだけど、楽しいことになりそう。
にっこり、と笑って菫ちゃんに話しかける。
「ねぇ、菫ちゃん」
「なんですかー」
間延びした口調に、小首を傾げる菫ちゃんは可愛い。
まあ、そんな可愛い子にお願いするのは、気が引けるのだけど。
「お願いがあるのだけど――……」
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