08
「お待たせしました」
「いえいえー。オレンジジュース〜」
ほぼ棒読みで、接客し、二人にオレンジジュースを出した。冷蔵庫の中には、二種類ほどオレンジジュースがあったのだが、どちらでも良いか、と思ってグラスに注いだ。
だが……どちらでも良くはなかったのだ……。
「……っ!」
「どうしたの、菫ちゃん?」
椎名が、一口オレンジジュースを飲んで固まった。そして、ワナワナと震え出す。
「……こんなの……
こんなのオレンジジュースとは言わない! ただの着色した砂糖水だっつーのッッ!!」
「……!?」
大人しそうな椎名がそう言って立ち上がり、急に怒り出した。
「オレンジジュースって言ったら、普通100%オレンジジュース!! そんなのも分からないの? いらっしゃいませも言わないし、注文取るのも遅いし、秋穂とばっか話してんじゃねー! しかも、接客は35点以下。カウンターから出てきて、物出すでしょ、普通。棒読みだし、信じらんない……」
「菫えええええ!!」
ポカン。
俺の様子を表すなら、そんな感じだろう。
椎名をずっと大人しく、可愛い少女と認識してきたが、どうにも認識違い、いや、これが本当の椎名らしい。
「坂城さんに失礼ィィイイ!!」
「は? この人、明らかに客に対する態度じゃないし。それ注意しただけじゃん」
「く、くく……っ し、失礼……」
雪白は、肩を震わせ、笑っている。否、爆笑。
おい、止めろよ。
そして、秋穂が俺を庇うように、反論し……
「別にそんなの良いじゃん! うちは萌えたよ、坂城さんのエプロン姿!!」
「お前はそこか!?」
「写メ取りたいですっ イケメン店員萌え!!」
……コイツには、二次元的脳しかないらしい。
萌え萌えうるさい!!
それを一刀両断したのも、椎名だった。
「黙れ秋穂死ぬ?」
「すみませんでしたごめんなさいまだ死にたくないですごめんなさいすみませんんんんん!!」
「……もうダメ……あはははっ! 秋穂ちゃん面白い……っ!」
椎名に絶対零度の顔をされ、秋穂は、見事なスライディング土下座をで披露する。そして、雪白の笑いを誘った。
というか、スライディング土下座って凄いな!? 初めて見たが、秋穂は手慣れているように見える……。ああ、学校でもしてるのか、土下座……。
「秋穂、床汚いから、座れ……」
「はーい……」
さすがの秋穂も汚いと思ったのか、すぐに立ち上がる。
……スッと椎名は、秋穂から俺へと視線を移した。
パッチリとした少しタレ目の目が、俺を捕える。
相変わらず、目は笑っていない。
「誰だか分からない眼鏡の人」
「……一応、この前一回会ったが……」
「貴方の名前知りませんし覚えていたくないです」
酷いな、と思ったが慣れっこだ。初対面で、敵意を向けられるのは、慣れている。
「さっき言った通りです。接客最悪。店員失格」
「俺は、頼まれて店番をしているだけだし、こっちに非があった。何と言われても、返す言葉がない。すまなかった」
素直にそう謝る。誠意……はないかもしれないが、この場を軽く納めるためには、俺が謝るしかないだろう。
椎名も、なっと……
「そうですか。謝ってくれたなら、良いです。
偉そうに――……秋穂じゃないんだから、それで丸め込まれるかっつーの」
ボソッと。
俺にだけ聞こえる声でそう言った。
明らかに、敵意むき出しだ。
ピキ、
……キレるなキレるなキレるなキレるなキレるなキレるなキレるなキレるなキレるなキレるなキレるなキレるなキレるな……。
相手は中学生相手は中学生相手は中学生相手は中学生相手は中学生相手は中学生相手は中学生相手は中学生……!
子供。餓鬼。ちび。俺は大人。俺は大人俺は大人大人大人大人大人大人……っ!
そう呪文のように唱え、なんとか怒りを抑えた。イラつくイラつくイラつくイラつくイラつくイラつくイラつく……!
俺は、短気だ。我慢強い方ではないし、いま、怒りを抑えるのがやっとだ。
ギリギリと歯ぎしりを抑えながら、眉間にシワを寄せる。
ああイラつく!
椎名は愛想笑いを浮かべたまま、雪白は笑ったままでいる。
「ふぅ……和解したなら、良いや」
そして、あまりにもKYな秋穂……。
カオス……。
「菫、喧嘩しないでよー……」
「文句つけただけだもん。あ、取り替えて貰えますかー?」
100%のオレンジジュースに。
そう笑顔で言った椎名に、「かしこまりました」と無理矢理笑顔を浮かべて棒読みで答えたのは、嫌がらせじゃないと言っておこう……。
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