05
- 二週間後 - ……ルノワール
「……なってしまいました」
――……生徒会長に。
本当に。
「あら、一流が妙に機嫌が悪いと思ったら、そういうこと」
にこやか笑いながら、オレンジジュースを出してくれたのは、朝義の母・琴子さん。
明るくて、面倒見の良い、俺の育て親と言ってもいい人。俺の母と仲が良く、幼少の頃、母が忙しい時に、姉と一緒に預かって貰い、面倒を見てもらった。
今日は、たんに「生徒会長になった」という報告をしに来ただけなのだが……朝義もいない(らしい)し、長居させて貰っている。
「信じられません……」
「そう? 正紀くんなら、やれるわよ〜」
軽い口調で言われたが、本当に信じられない。
下馬評では、篠塚先輩が優勢だったし、俺も当選する気はなかった。
――……だが、しかし。
礼宮先輩や篠塚先輩から被害を受けた生徒が、それはもう……悲痛に篠塚先輩が生徒会長になった場合、どうなるかを訴えた。
それはもう、毎日。
噂を流したり、ビラを配ったり、演説をしたり……。
正直……言ってはいけないが……引いた。
その頑張りは、讃えるべきで俺の後押しにもなるはずだが……ドン引きした。
なんと言って良いか……俺は、一人、冷めていた。
生徒会長になるはずの自分がだ。
応援されているのに、どうにも……気が沈んでいた。
もちろん、やれることはやったし、自分が生徒会長になれたら嬉しい、あれをやりたい、これをこう運営してみたい……とも思った。
でも、
「……なんだかなあ……」
胸に刺さる何か。
嬉しいはずなのに、喜べない。
……不安とも違う、何か。
眉間にシワが寄るのを感じる。すると、琴子さんが、まあまあ、と言う。
「辛気臭い顔しないの。めでたいめでたい!」
「うーん……まあ、喜んで良いんですよね……」
「勿論! あ、正紀君の好きなケーキ焼きましょう。お祝いお祝い!」
お祝いと言われ、驚いて琴子さんを見る。
「正紀君が生徒会長なんて、めでたいことじゃない! めでたいことには、ケーキ! ドーンとお祝いされなさい! ……私が食べたいとかそんなんじゃないわよ?」
「クッ……ありがとうございます。お言葉に甘えます」
琴子さんは、笑って、当然のようにそう言い切った。
その気遣いが嬉しくて、この人にはやっぱり敵わない、と思う。
しかし、次の瞬間、本当に敵わないと思い知らされる。
「そうそう甘えちゃえなさい! じゃ、店番よろしくね」
「え゛」
そう言われて、ピキ、と固まった。琴子さんは、テキパキと動いて俺にエプロンを差し出した。
「大丈夫大丈夫〜。誰もこないから。これ、エプロンね!」
「え、あの、鳳有はバイトきん……」
「あら……一流のじゃ裾が短いわねー……えーっと……バイトくんのがあったはず……」「あの、琴子さ」
「よし、ピッタリだわ。じゃ、ケーキ作ってくるからー! あとよろしくね〜」
「……」
琴子さんは、快活に……いっそ、清々しく、そう言い、奥に引っ込んでしまった。
店内に残ったのは、鳳有高校新・生徒会長にして……バイト経験0の俺。
「――……学校関係者にバレたら、押し付けられましたって言い訳しよう――……」
肩を落としながら、そう呟いた……。
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