01
街は茶色と桃色に色づき、スーパーに入れば特別ブースに並ぶ限定チョコレートやお菓子。菓子業界は商魂よろしく、チョコレート関連の新作スイーツやお菓子を発売する。男は女を意識し始め、女は想い人にどんなチョコレートをあげようか思案する。
『聖・バレンタイン』
――バレンタインデーあるいはセントバレンタインデーは、2月14日に祝われ、世界各地で男女の愛の誓いの日とされる――が、日本では独自のバレンタイン文化が形成され、商業の道具の一つになっている。こう言うと、俺がバレンタインを嫌っているような斜めの見方だが――
「はい、坂城さん」
「……」
本日は、2月14日。
秋穂に笑顔で渡された不器用に包装されたもの。
それは、そういうことで。
朝義にも同じものがあげられただとか義理だろうがなんだろうが。
異性として意識し出した奴に、そういうものを貰うのはとても嬉しくて嬉しすぎて……真顔になる。そして――バレンタイン最高、と思ってしまうのも仕方がない。俺は現金なやつだったらしい。
「あのー、坂城さん?」
「……」
元々、バレンタインは好きじゃなかった。中学の頃は何回か告白を受けたり……それを断るのがとても嫌だった。作ってきたチョコだけを受け取ってくれ、と言われ受け取ったは良いものの、それを返す習慣……日本独自の『ホワイトディ』なるものがあれば、自分の性格上、返さなければいけないわけで。お返しをしたら誤解され、やっかみを受け……中学時代を思い出すと……鬱だ。
甘いチョコが食べれるが、ほろ苦い……いや焼き焦げた苦すぎるチョコのような思い出も蘇る。
そんな日だった。
でも、俺の手には義理でも好いた奴から貰ったバレンタインのプレゼントがある。
これほど嬉しいことはない。
「坂城さーん?」
「……」
なるほど……クラスの男子が躍起になってひとつでも貰いたいと思う理由が分かるようだ。
日本のバレンタイン文化万歳……。
「一流さぁぁん!! 坂城さんが怖いぃぃぃ!! さっきから呼んでも真顔でなにも言わないんですけど!?」
「はあっ!?」
「石にでもなったんじゃねぇの?」
「●の針はどこですか!?」
「は?」
「石化を戻す道具ぅぅぅ!!」
「秋穂、うるさいぞ! 俺は石になんてなっていない!!」
「喋ったあああ!!」
「黙れ、阿呆……」
今日の秋穂は随分テンションが高いような気がする。バレンタインのせいか?
「石じゃなかったのか」
「黙れ、朝義。俺も思うことがあったんだ」
「お前が、思うところなぁ?」
朝義のからかうような言葉に苛つく。お前なんぞ槻川にデレデレしてればいいものを……でも、あの朝義は少しきもちわるい。
「おい、今、失礼なこと考えなかったか?」
「いや、なにも」
ギロッと睨まれるが、しれっと返した。朝義から睨まれても怖くもなんともない。
「あ、あの、坂城さん」
二人で睨み合っているところ、秋穂に服をひかれた。
「そろそろ行かなきゃいけないので……」
「あ、試合だったな。頑張れよ」
今日、少女は昼から鳩羽中でサッカーの試合だと言う。ついでということでルノワールに来て俺と朝義にバレンタインをくれた。朝義の分はいらないと思うぞ、うん。行かなければいけないのを、申し訳なさそうに切り出され、俺と朝義のために引き留めてしまったことを謝りたくなる。主に朝義のせいだと言いたい。
「うーん、出れるか分かりませんけど!」
「それでも、他の人のために出来ることがあるだろう。それを自分から率先してやることも大切だ」
「おぉ……分かりましたコーチっ」
「誰がだ!」
少女にクスクスと笑いながら言われる。確かにコーチっぽいことを言ったが、これくらいどのスポーツでも言われることだろう。少女は笑うのをやめて、荷物を背負う。
「じゃ、うちは行きます」
「あっ 秋穂!」
出口に行く少女を呼び止める。首を傾げた少女にバレンタインの礼を言う。
「これ、ありがとうな。あとで食べる」
「いえっ! うん、はい!」
少女は、はにかんで嬉しそうに返事をした。
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