07

確信をもって伝えると、千百合の顔が歪む。無表情の千百合の顔が、酷く邪悪な顔になって、肩を震わせ笑い出した。
小虎は本能で千百合から離れる。ひざの上にあったたい焼きが、落ちて砂をかぶる。
震える声で「お前……誰だよ!!? 高坂、高坂に何した!?」と叫ぶ。千百合は口元を歪め、そっと目に触れる。


「あーあ、カラコンまで用意したのに見破られちゃったかあ」
「み、緑の目…?」


千百合の目は、日本人特有のこげ茶ではなく「緑」に染まっていた。


「僕のことは確信犯でいいよ。――山月くん、大好き!」
「……っ」


普段、ぴくりともしない表情がくるくると動き、満面の笑みで「好き」と言われぶわっと一瞬にして彼は顔を赤らめる。


「あはははっ!!その反応、マジウケる。へたれっぽくていい!」
「うるせええええ!!!美人の高坂にそんなこと言われたら反応しないわけないだろ!!?高坂の笑顔はもっと儚げだけどな!?」
「はははっ、君ってさあ、そこまでこの子のこと理解してるくせにどうして自分の気持ちに素直にならないかなあ?
ああ…信じられないのかなあ?自分みたいな不良が美人に好かれてるって事実が」


ぐさり、と本心を突かれ小虎は黙る。千百合…いや、確信犯はそんなせせら笑う。見た目は千百合で、彼女家族や友人がみたら度胆抜かれるに違いない。


「…っ俺のことはどうでもいいから、高坂返せよ!!」
「やだなあ、せっかく楽しむために出てきたのにこれで終わりとかないでしょ」
「……やめろよ……高坂が何した? 何かするなら俺にしろよ!」
「君のその自己犠牲ってどこからくるの? 正義の味方きどり? うわあ! 高尚だね! 溜息つきながら、よくやるね。
またか、って思うならしなきゃいいじゃん。なに使命感もっちゃてるの? はははっ、ばかだねえ!」
「ちょ…高坂の姿言うなよ…マジなきそう……心折れる……」


小虎は、確信犯のグサグサくる罵声に半べそになりかける。全部あっているとは言いがたいが、自分の行動を全否定され嘲られるのは、心にダメージを負わせた。


「うーん、この子の姿で卑猥なこと言って君を困らせるのもいいかなあ?」
「やめろっ!!!ちょっとなんか、男としてやばいものを感じる!スゲーやばいものを感じる!主にトイレに駆け込むような事態になるからやめて!」
「なんだ、純粋気取ってて妄想でこの子のこと良いように……」
「変なこと言うなああああ!!してない!してない!!もうやだ……っ……高坂汚すような真似なんて…俺には出来ない……っ」
「純粋気取るなー、性欲を認めろー、つるぺたなこの子をオカズにした夜を思い出せー」
「してない!!してない!オカズってなんですか!!あれですか!お弁当のオカズですか!!!夜に作り置きしておくオカズですね!!」
「そんなわけ……」
「これ以上高坂の口で変なこと言うなああああああ!!!」


小虎は、うわあああ!!!と叫び膝から崩れ落ちた。千百合の声と顔で、卑猥とも取れるようなことを言われ小虎の精神はぼろぼろだった。
そして、土で手が汚れるのを構わず半べそをかきながら確信犯に土下座した。


「お前が誰なのか知らない!知らないけど!やめてくださいお願いします!!高坂返して!」
「うわあ……男とは思えない情けない行動……」
「情けなくいいです!!高坂返してもらうためには俺はなんでもする!プライドなんてゴミ屑だ!」
「ホント、イラつく……写メとっておこう」
「うるせえクズ!人でなし!」
「この子のパンツ見えるけど、踏んであげようか?」
「ごめんなさい。やめてください。俺が悪かったです。これ以上高坂をおとしめるのはやめてください。俺はどうでもいいから高坂の尊厳は守ってください」


小虎の平謝りに確信犯は呆れながら、千百合の携帯を取り出し「ぴろりーん」と彼の土下座を撮った。
小虎は肩を震わせ屈辱的になりながらその行為に堪えた。


「はあ、ゲーム終了か。面白かったから、君の勝ちにしてあげる」
「お前なんなんだ……? 何がしたかったんだよ……」


千百合の顔で、にんまりと笑う確信犯。


「さあね。ちょっとこの子で遊びたかっただけだよ」
「な……!」
「あ、この子の体は大丈夫だからー面白かったよ、じゃあねー!」


失礼なことを言った瞬間……ふっと糸が切れたように千百合が倒れた。


「高坂!」


小虎は慌てて千百合に駆け寄り、抱き留める。――ぞっとするほど、身体が冷たい。顔が青白い。肝がひやり、と冷えた。
だが、徐々に頬へ赤みが戻っていく。


「高坂……っ」


小虎は、彼女の「寝息」が聞こえてきたことに安堵する。ぐったりとして気を失っているが、規則正しく呼吸はされている。
どこにも目立った外傷はない。体力を消耗しているだけのようだった。


「なんだったんだよ……誰だったんだよ…」


わけが分からない――とにかく小虎の胸に苛立ちと焦燥を残して消えた、確信犯。


『ああ…信じられないのかなあ?自分みたいな不良が美人に好かれてるって事実が』


脳裏によぎるのは、嘲るような笑いと耳に痛い言葉。


「関係…ねぇだろ……バーカ……」


小虎は自分の腕の中に居る千百合を見て、唇を噛みしめた。


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bkm
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