私のハートは紅にときめく | ナノ


  ≫06






見上げるほど高い本棚が縦横奥行き一杯に並ぶ雪白家の書庫。所蔵数は町の図書館より遥かに多い。その書庫の真ん中に当たる場所には、木の机と椅子が三脚置かれている。そこに座り、雪白あやめは写真を整理していた。



「随分……機嫌が良いですね、お嬢様」
「ふふっ、ちょっとした遊びだったのに、良い方向に転がったのよ」



書庫の整理をしていた美嶺はあやめの機嫌の良さに目を細める。また誰かしら巻き込んで自分の欲求を満たしたのだろう、と簡単に予想がついた。



「あやめ様、何の遊びをしたんですかー?」「罰ゲーム有りの五目並べ。罰ゲームは好きな人の頬にキスよ」
「罰ゲームなんですか、それ?」



四つ葉は、きょとんとして、「キスくらいどうでも良いじゃないですか」と言い切る。常識が欠けている四つ葉に美嶺は「日本人は無闇矢鱈にキスという行為はしないんですよ」と教える。



「好きなら、良いじゃないですかー。私、あやめ様にキスされたら嬉しいですよ」
「日本人は羞恥心が強いんです。それに思春期という年代は自意識が強い……と言っても四つ葉にはまだ分かりませんね」



美嶺は「シューチシン、シシュンキ、ジイシキ……?」と難しい言葉に首を傾げる四つ葉を見て言葉を区切る。学力がない四つ葉には、まだ分からない話だ。





「これで良いわね。フロウドの呆け顔コンプリートっ」
「……あまりやり過ぎますと、しっぺ返しに遭いますよ」
「へぇ?臨むところよ」



にやりと笑うあやめを見て、美嶺は呆れたようにため息をつく。だが、美嶺としては毎日の日常が楽しいようで、安心した。横目であやめを見ながら微笑む。つまらないと表情が欠けるあやめは、見たくない。



「人にやったことは自分に返って来るそうですからね」
「私を出し抜ける人なんて居るわけないのよ」



どこからその自信が湧いてくるのか、あやめは偉そうに言い切る。



そこへ、上段の本棚の整理をしていた四つ葉が梯子から降りて来た。



「あやめ様、写真が落ちてきたんですけどー」
「写真?」



四つ葉が上段の本を抜いたとき、ひらりと落ちて来た写真。



「え、なっ、はあ!?」



それを受け取って見た瞬間、あやめの顔が真っ赤に染まった。



「お嬢様?どうかされたのですか?」
「なっ、なんでもないわよ!別に!!」
「随分、動揺なさっていますが?」
「う、うるさいわよ!何でもないって言ってるでしょ!?」



あやめはヒステリックに叫び、「わっわたし、部屋に戻るから!」と書庫から一目散に逃げた。



書庫には主の行動に困惑した執事とメイドが二人。



「……どうなさったというのですか」
「ねえ?どうしたんでしょう?ただ写真には、茶髪の女の子が黒髪の女の子の頬にキスしているだけだったのに」
「……四つ葉、それは本当ですか?」





四つ葉は、美嶺の言葉に素直にうなずく。



「あやめ様に似たツインテールの女の子と、髪の長さが肩くらいまである黒髪の女の子でした」

「……ああ」



四つ葉の話に、美嶺は堪えきれずに笑い声を漏らす。



「なんですか、美嶺?」
「いえ、お嬢様はしっぺ返しに遭ったのだと思いまして」
「はい?」



四つ葉は首を傾げるが、美嶺はあくまでも嬉しそうに「いいえ、なんでもありませんよ」と言った。





「こ、こんなの……っ!」



あやめは「茶髪の女の子が『黒髪の男の子』の頬にキス」している写真を破り捨ててしまおうと写真に力を込めた。



だが……写真の『自分』と目が合い、思い止まった。



「……破れるわけ、ないじゃないの」



写真は、随分前の物だった。それこそ、あやめが美嶺を拾った頃。誰が撮ったのか知らないが、写真の背景がこの屋敷だとすると、前のこの屋敷の持ち主――あやめの祖父にあたる人が撮ったものだろうと予測出来た。



「……美嶺の小さい頃の写真なんてほとんどないんだから」



『黒髪の男の子』は幼少の美嶺。この頃から髪は長かった。美嶺の顔立ちは綺麗で、四つ葉が「女の子」と見間違えても無理はない。



「私のバカ……こんなもの残しておくもんじゃないわよ」



そう口汚く言うが、目は愛おしげに写真を見ていた。小さい頃のあやめと美嶺。この頃の無邪気な自分はもういない。


心の隅でこの写真があって良かった、と思う。



あやめはその写真をそっと、鍵のかかる机の引き出しに入れた。









「……感傷に浸るなんてらしくないわよ、あやめ」



自分の頬を叩いて気を取り直したあやめは「美嶺と思い出話でもしましょうか」と笑って部屋を出た。





































END

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