私のハートは紅にときめく | ナノ


  ≫03






秋穂は目の前で勉強している坂城を盗み見る――あのあと坂城がルノワールに来て秋穂は坂城の家に移動した――あやめから罰ゲームは理不尽だったが、従わなければ何をされるか分からない。あやめの恐ろしさは身にしみて分かっていた。



――でも、ほっぺにちゅーって!!う、うち……ハグくらいなら余裕だけど!自分からそういうのって……恥ずかしい……。



乙女思考になっていく自分にさらに恥ずかしさを感じて、ぶんぶん頭を振る。



「どうした」
「へ!?」
「さっきから手が止まってるぞ。分からないのか」
「え、あっと、あの、問題は全般的に分からないですけど!」
「……はあ……」
「そんなあからさまにため息つかないでくださいよ!!」



坂城に呆れた目で見られ、秋穂は頬を膨らませる。



「どこが分からない?」
「ええと、分からないとこが分からな…そんな可哀想みたいな目向けないでくださいよ!?」
「お前、授業ちゃんと受けてるか?頭スッカスッカじゃないか」
「ひどっ!坂城さんでもそれはひどい!!」「やろうとしないお前が悪い」
「うう……」



坂城の正論には勝てない秋穂。言い訳のしようがなく俯く。



「……ちゃんと教えてやるからそう落ち込むな」



坂城が立ち上がって秋穂の隣に移動する。その近さに秋穂は驚いて身を引く。



「うお、」
「なんだ」
「な、なんでもありませんですよ?!」
「ついに日本語まで忘れたか?」



坂城に訝しげに見られ、ぶんぶんと頭を振る。頬にキスという指令を思い出して、声が出なかった。



「お前……ここ単元の基本だぞ?」
「ふふふ……X円のリンゴなんて存在しませんよ?」
「文系の言い訳を使うな」



そして坂城の特別講義が始まるが、秋穂はまったく頭に入ってこなかった。坂城と自分の腕が触れ合う。顔が近い。――x円のりんごとy円みかんで二次方程式を作れなんて無理だし、キス課題のせいでこっちはいっぱいいっぱいなんですよー!



「まずりんごの方の値段を求めてだな……」



しかし、秋穂の頭に一つの名案が浮かぶ。



――坂城さん問題解説に集中してるし、いまほっぺにちゅーしても気づかなくね!?



よし、それだ!!と単純な秋穂は行動することにした。



いざやろうと覚悟を決めると、人は思い切れるもの。



秋穂は問題から目を外し、坂城に目を向けた。キスするなら眼鏡の下あたり。眼鏡のつるに頭をぶつけるなんてバカなことをしないように……と目をつぶって、首を伸ばし唇を頬へ寄せた。


「えいっ」
「それでみか……っ!?」



ちゅっと可愛らしい音がして――頬にキス成功。



秋穂はやった!出来た!!と内心思い(顔に出てる)、ほっと胸を撫で下ろす。やっと問題に集中できるー!と坂城に声をかけた。



「で?みかんが大安売りなんでしたっけ?」

「……」

「坂城さん?」

「お前、いま、キス……」



 坂城は少し放心した状態で秋穂の方を向く。秋穂は、バレた!と(あんなあからさまな行為がバレないわけがない)口元を抑えて強引な誤魔化しを行う。



「み、みかんが大安売りなんですよね!?」
「頬にキスしたよな?」
「……シマセンデシタヨ?」



あくまでもシラを切る秋穂に坂城は彼女の手首を掴んだ。


「な、なんで掴むんですか!?」
「……秋穂、来週は会えないんだな?」
「ま、まぁ……部活が……」
「それなら良いな?」



 いつになくにっこりと笑った坂城ときつく掴まれた手首を確認して、秋穂は何が良いんですか!?という悲鳴を押し殺した。



逃げられない。そう悟った瞬間だった。


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