03
昼時……少年――町田きあらは白いブレザーコートを翻し大股で廊下を歩く。誰かを探すように一生懸命首を左右に振るせいか、サイドで結ばれた赤茶の髪は跳ねて面白いことになっていた。
そして、彼はいつもの場所にたどり着き、自分の弟を探し出した。

「いた……旭!」

いつものように、彼の弟・旭は旧校舎の陽がよく当たる美術室で日向ぼっこをしていた。赤茶の髪が陽に反射して綺麗な色を見せる。
旭は、自分の兄を視界に入れた瞬間「あ、兄貴、ご飯?」と金の目を輝かせた。
きあらは、怒りをこらえ自分が持っていた籠を強く握りしめる。一息吸って吐くと、彼の前に膝をついて強く睨みつける。

「怪我が先!」
「ご飯……しんじゃうから……!」
「人はそう死にません」

そう言うと、籠から消毒液とガーゼを取り出し「せっかくオレより綺麗な顔で生まれたのに顔に傷とか……化膿したら残るっていうのに無頓着で……」とぶつぶつと言いながら、旭の右頬を消毒する。旭はしみる消毒に小さく悲鳴を上げる。
「……いっ、兄貴、人は簡単に死ぬよ」
「今、食べなくてもこれが終わったら食べさせるから」

籠の中に入っているのは、主に旭へのご飯だ。きあらは武器の腕はそれなりでも、料理は上手だった。

「……ここを切れば死ぬって」

旭はきあらの手を掴み、そのまま自分の首へ持って行った。ドクドクと脈打つ「頸動脈」を「切れば死ぬ」と言われ、肩を跳ねさせた。

「ど、どうした……ぶ、物騒な……」

きあらは目を丸くし、旭を見る。彼はじっときあらの緑の目を見ながらぽつり、とこぼした。

「……今日、練習で「手馴れない人間に本気でやるなよ!」って言われたんだ。じゃあ、いつ本気でやればいいの? 練習で出来ないことを実戦で出来るわけない」
モヤモヤする、と旭は漏らす。きあらは「なるほど。旭は、本気でやりたかったんだ?」と真剣に言葉を返した。

「そうでもないけど。早く終わってごはん食べてたいって思ってた」
「……ううん……でもイラッとしたんだ?」
「そんなことで、実戦で勝てるの?勝ってメシウマー!出来ると思ってるの?って思った」
「飯のことばっかで兄ちゃん、君が心配よ……」

きあらは要領を得ない話に、首をひねりながら悩める弟に言葉をかける。

「旭の話は難しい……相手も旭が強くて思わず言っちゃったんじゃない? 周りギャラリー居たし、旭は切り込み隊長だし、やっぱ死にそうになる瞬間ってちびるほど怖いし」
「ちびったの……きったなっ」
「……悪かったですね、びびりで……」

きあらは反応するとこ違うだろ、と思いながらため息をつく。旭の首から手を外し、あさひの手を取る。旭の武器、戟は重い。何度も何度も振るうせいで血豆が出来、潰れてボロボロだった。そのたびに、きあらが旭に包帯を巻く。手間取っていた消毒や包帯も、随分と上手くなっていた。

「兄貴はびびりでいいよ。俺が前に出る」
「飯飯言ってた相手に、キリッとされてもね……」

苦笑しながら、包帯を巻き終わる。そして、にっこりと笑って「よし、ご飯だよ」と言ってた。

「ご飯!!!」

旭は飛びつくように籠を手にし、中身を見る。

「からあげ!卵焼き!朝から楽しみにしてた!」

旭は、いただきます!と高らかに宣言し、きあらが作った弁当を食べ始めた。

「おいしい……兄貴、うまい!」
「そっかそっか……毎回、こんなに喜んでくれるから腕が鳴るんだよな……食い意地が張ってるだけ?」

朝昼晩、と作ってる人はきあらなんのに、旭は喜んで食べる。そんな弟を脇に、轟音が聞こえてきて耳を塞いだ。
窓の外、青空へ軍の公用飛行機が空高く上がっていく。
きあらは顔をしかめて、ため息をつく。弟が弁当をがっついているくらい平穏なのに――ぬるく戦況は激化していく。黒軍と白軍の小競り合い……新興勢力の赤軍が何やら動いてると聞く。
開戦は、いつ起こるか分からない。


『いつ本気でやればいいの?』


無邪気ともとれる旭の言葉が重く感じる。
開戦したら、正式な軍人ではないが、学生として鍛えられている自分たちも戦場へ行くことになるだろう。
そんな日来ないで欲しい、と思う自分は非国民か。
難しいことを考えていると、旭が顔を覗き込んだ。

「兄貴、晩御飯、なに?」

そうして言ってきたことがこれだ。

「昼、食ってるのに、それか!」

彼は旭の食い意地に呆れ、束の間の平穏を弟といれればいいか、と飛行機の姿を忘れるように首を振った。


―END―


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