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朝陽の誘い

「結構進んだかな」

ふぅ、と一息ついてノートパソコンを閉じる。昨晩は思っていたよりも集中できていたようで、暗かった外は既に明るくなっていた。資料の下に埋もれていたリモコンを探し当ててテレビをつけると、そこに映し出されたニュースキャスターは楽しそうにレジャー情報を伝えている。そうだ、昨日から世間は連休だった。病院自体は連休に合わせて診療は休みであるが、やらなければいけないことは山積みで。私のこの数日は、先に控えている学会発表のための資料作りに消える予定となっている。

「とりあえず陽の光でも浴びよう・・・」

長時間同じ姿勢でパソコンを触っていたことで、首も腰も恐ろしいくらいに凝り固まっていた。それを解すように軽く叩きながら、カーテンを開けてベランダへと出る。先程まで引きこもって目を酷使していた私には、朝の日差しは眩しくて思わず目を細めた。こんないい天気にずっと作業してるなんて寂しすぎるし、精神衛生上絶対良くない。さっさとあの作業を片付けて、絶対に1日はどこかで出かけよう。先程のキャスターもこの連休はずっと晴れが続くと言っていたし、と青空にそんな決意をして、ぐぐっと大きく背伸びをする。固まった身体が伸びるような感覚が気持ちいい・・・と思ったその時。

「おはよう、近部さん」
「あ、おはようございます・・・降谷さん」

お隣の降谷さんが、居た。
この前一度だけ会っただけの降谷さんは、前回とは違ってラフな服装でこちらを見ている。夜に見た降谷さんもかっこよかったけど、明るい所で見る彼もやっぱりかっこいいな。金髪に色黒なのに全くチャラさがない・・!とか思っている場合じゃなくて。すごく恥ずかしい所を見られたんじゃないか。こちらを見る降谷さんは楽しそうなものを見るような目をしていて、数分前の自分の行動を後悔した。

「すみません、お恥ずかしい所を・・・」
「そんなことないさ。いい天気だからね」

僕もやりたくなる、と言って同じように伸びをする降谷さん。かっこよくて気も利くって凄いですね。そんな思いは心の中だけで呟いて、彼の優しいフォローに、ありがとうございます、と返した。

「寝起き・・・じゃなさそうか。徹夜明け?」
「当たりです。珍しくやる気スイッチ入っちゃって、気付いたら朝でした」

よくわかりましたね、と驚いて聞くと、目の下の隈がすごいぞ、と返ってくる。そう言えば今日はそのままベランダに出てきたから鏡なんて見ていないし、出かける予定も誰かに会う予定も無かったから完全にノーメイクだ。そんな酷い状態で人の前に立っている自分を思うと乾いた笑いしか出てこない。今度から手すりに寄り掛かる時は気をつけないと。そう固く誓った瞬間だった。

「降谷さんはお休みなんですか?」
「今日は昼から出勤だな」
「大変ですねぇ。世間は連休だって言うのに」
「それは近部さんも同じじゃないのか?連休中なのに家で徹夜作業して」

その様子じゃ今から寝るんだろ?
降谷さんはそう意地悪そうに笑う。

「まぁ、そうなんですけどね。でも休みはあと3日ありますから1日くらいは休みを楽しみますよ」
「終わるのか?」
「・・・終わらせます」
「はは、頼もしいな。頑張って」

私の間の空いた返答に、降谷さんの顔からは先程までの意地の悪い笑みは消え去って、今度は楽しそうに笑いながらそう告げた。彼が発したその言葉はすんなりと私の中に入ってくる。同じ言葉を職場で言われる度、責任感やプレッシャーに潰されそうになっていたのに、言う人が違うだけでこうも変わるのか。思わずそんなどうでもいいことに感心してしまう。

「降谷さんもお仕事頑張ってくださいね」

同じ言葉を返してみたが、私の言葉は重荷にならないだろうか。多忙だと言っていたし、と自分が言ったにも関わらずそんなことを考える。

「あぁ、ありがとう」

それでも、そう笑ってくれた降谷さんを見るとなんとなく大丈夫な気がした。もちろん私の勝手な推測だし、ありきたりな挨拶として受け取ってくれた可能性のほうが大きいのだけれど。

「あ、でも頑張りすぎもよくないですよ。倒れちゃ元も子もないですからね」
「そうだな・・・気をつけるよ」

一応、医者らしいことも言ってみる。仕事の話はしていないし、これくらいなら普通の会話でも出るからおかしくはないだろう。別に職業を隠しているわけではないけど、降谷さんとは色々お互い知らない状態で話す方がいいような気がした。この家の中では素の自分で居たい、そんな私の身勝手な考えだけど。と、そこまで考えたところで欠伸が出る。そろそろ活動限界が近いらしい。それに降谷さんも気付いたようで、寝たほうがいいんじゃないかとのお言葉を頂いた。

「では・・・こんな時間に言うのもあれですけど、おやすみなさい」
「おやすみ。あまり根詰めすぎるなよ」
「はーい。降谷さんも、いってらっしゃい」

そう言ってヒラヒラと手を振って部屋に戻る。いってらっしゃいなんて言ったの何時ぶりだろう。厳密に言えば職場で出かける同僚たちを見送ったことは何度もあるが、それとはまた違う。なんか、嬉しい。自然と緩む口元に、まだ残る作業も捗るような気がした。とりあえず、まずはゆっくり寝よう。今日はいい夢が見れそうだ。




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