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最大級の愛をお届け




 歳を重ねるにつれて誕生日というのはさほど嬉しいものではなくなってくる。むしろ忘れているくらいの存在だ。何より体力の低下、思考能力の低下などなど――悲しいかな、そういうものを嫌でも突きつけられてしまう。多分学生時代の気持ちで全力疾走したら足をもつれさせて転ぶに違いない。
 とは言ったものの反面嬉しい事もある。学生時代から仲の良い親友が毎年十二時ぴったりにお祝いのメールが送られてきたり。探偵事務所では蘭ちゃんやコナン君がお祝いしてくれたり。ポアロに行けば梓ちゃんや安室さんがケーキを用意してくれてお祝いしてくれたり。そして阿笠博士の家では哀ちゃんと探偵団のみんなが祝ってくれる。
 そう思うと年に一度のこの日も悪くないな、なんて思う。けれど同時に少しだけ寂しい気持ちもあって。大変な状況にいる事はわかってるから負担になるような事は避けたい。付き合うにしてもそれは覚悟の上だった。けれど、でも――

(会いたい、なあ……)

 みんなに祝ってもらえて今日はすごく充実した一日だった。その気持ちに嘘はない。けれどこういう時に真っ先に一番に会いたいと思い浮かべてしまうのはやっぱり恋人の存在で。赤井さんは私を危険な事に巻き込みたくないと言って連絡なども必要以上にはしてこない。会うにしてももちろん赤井さんではなく仮の姿の沖矢昴の時だけ。
 仮の姿といえど赤井さんな事に変わりはない。変装をしていてもそこに存在する温もりや匂いは赤井さんだ。だから赤井さんとして接する事が出来なくても、触れ合えるだけで満足だった。それでも、やっぱり――
 これがわがままだという事はわかってる。でも、どうしても今日会いたかった。特別な言葉なんてなくてもいい。ただほんのひととき、一緒にいられればそれでいい。
 スマホを取り出し、早速今から行ってもいいかとの旨のメールを送ればすぐに『構わない。気をつけろよ』と赤井さんらしい短い返事が返って来た。たったそれだけで自然と笑みがこぼれるくらいには嬉しくて。きゅっとスマホを抱きしめた後、鍵を手にはやる気持ちを抑えながら工藤邸へと向かった。



「そんなに息を切らして……夜道は大丈夫でしたか?」
「はい。なるべく人通りの多い場所を通ってきたので。それに……」

 「早く会いたかったから」自然とこぼれた自身のその言葉に内心驚きつつも笑顔でそう言えば、赤井さん――沖矢さんは小さな笑みを浮かべる。そんなに俺に会いたかったのか、とでも言いたそうだ。事実だから否定はしないけれど。

「とりあえず上がって下さい」
「お邪魔します」

 玄関先だからか、沖矢昴として振る舞う赤井さんに歯がゆい想いが募る。いつ、どこで、誰が見ているかわからないから仕方ないけど……早く”彼”に会いたい。今すぐにでも後ろから腕を回したい気持ちを抑えながら、通されたリビングのソファーへと腰掛けた。



「お前から連絡が来るなんて珍しいな」

 淹れたてのコーヒーが二つ、テーブルに置かれる。口調が普段の赤井さんになったという事は周囲の警戒を解いたサイン。
 向かいに腰掛けた赤井さんは首元のスピーカーを切り、外したそれをテーブルに置いた。ふと、眼鏡の奥から覗く瞳が交わる。久しぶりに見るグリーンのそれにときめかされた事は秘密にしておこう。

「迷惑かもしれないって思ったんですけど、どうしても今日、会いたかったんです」
「……なるほどな。今日は瑠依の誕生日だったな」

 先程伝えた素直な気持ちを再び伝えれば、赤井さんは最初から私の気持ちをすべて見透かしていたかのように言った。やっぱり言わなきゃ良かったかなと不安になってたけど、柔らかい笑みを見せる赤井さんを見ればそんな事は杞憂だった。

「だがすまない。色々と立て込んでいてな……何も用意出来てないんだ」
「そんな、別にいいです!こうして一緒にいられるだけで充分幸せだから……」
「謙虚だな」
「本当の事ですから」

 フッと笑う顔はどう見ても沖矢さんなのに、不思議と仮面の下に隠れている素顔――赤井さんが見えた気がして胸がきゅっとなる。頬が染まっていくのを自覚しながらその顔に見惚れていれば、ふと赤井さんが立ち上がりおもむろに私の隣に腰を下ろした。

「瑠依」
「は、はいっ」
「お前のその控えめな性格が悪いとは言わん。だが今日くらいは欲張ってもいいんじゃないか?」

 「恋人にプレゼントすら用意出来ていない男が偉そうに言えた事じゃないがな」なんて赤井さんは言うけれどそんな事はどうでも良くて。あの時私が触れたいと思っていた事を、さも気付いていたかのようなそれに嬉しくも恥ずかしい気分だった。やっぱり赤井さん相手に本心を隠すなんて到底出来やしないな。仮にそのつもりがなくても、きっと赤井さんは私の表情や普段と様子が違うだけですべて見抜いてしまうだろうから。

「……じゃあ、その、赤井さんが欲しい、です」
「ホォー……」

 関心したように言う赤井さんにすぐに言葉足らずだった自分に気付く。待って、これは違う意味に捉えられてしまうのでは……!?「大胆になれという意味じゃなかったんだが」なんてからかう赤井さんの言葉が入って来ないくらいには自分の失言に焦っていた。

「えっ!?あ、いや、ち、違います!そういう意味じゃなくて!」
「別に慌てる必要などないんだがな」
「あ、赤井さんと少しでも長く一緒に過ごす時間が欲しいって言いたかったんです!」

 慌てて訂正すれば、赤井さんはなおもからかうような顔をしていて。顔は沖矢さんだという事は認識していても、低い声と開かれた瞳だけでやっぱり赤井さんなんだと思い知らされる。
 色々な感情が入り混じってつい無意識に目を逸らしてしまう。ずっと見ていたら好きという想いが溢れ出しそうだったから。

「言われなくともそのつもりだったさ」
「え……っ!」

 その言葉に振り向けば、赤井さんの大きな手が頭上に触れる。くしゃりと撫でられたかと思えば、触れるだけの口づけをされる。それからそのまま体を引き寄せられて赤井さんの肩にもたれかかった。待ち焦がれていたその温もりに胸に温かなものが流れてきて、顔が綻ぶのが自分でもわかるほどに言葉にならない想いで満たされていた。

(きっとこういうのを幸せって言うんだろうな)

 今日だけは、今だけは、少しくらいわがままになってもいいよね……?心の中で自分に問いかけながら、赤井さんの体に身を寄せてそっと目を閉じる。

「おめでとう」
「ありがとうございます」
「謙虚な恋人には後で改めて祝いの言葉と共にプレゼントをあげてやらんとな」
「え?」

 その言葉に疑問符を浮かべつつも顔を上げれば、赤井さんはフッと口元を緩め、それから耳元に口を寄せてきて――

「沖矢昴じゃない、本来の姿でな」
「!」
「朝まで離してやるつもりはない」

 その囁きがやけに意味深でいつも以上に甘美なものに聞こえてしまうのは、きっと自分が思ってる以上に私は赤井さんの事が好きで、彼もまた同じようにそう想ってくれているのが伝わってくるからなのかもしれない。



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